受取人名のない小包(長野県北信地方) | コワイハナシ47

受取人名のない小包(長野県北信地方)

二十年ほど前の話である。

当時Nさんは、北信地方のとある町の郵便局に勤務していた。窓口業務ではなく、いわゆる外回り、郵便物の集配業務を担当していたという。

Nさんが入局した同時期に、Yさんというベテランの配達員が定年退職した。その引き継ぎの際に、こんなことをYさんから言われた。

「河原沿いを北にまっすぐ、そうさなァ、二キロばかし行ったところに、一本松いう場所があるのは知っとるかや。あそこにぽつんと一軒だけ家があるが、そこに郵便物を持ってくときは気をつけたほうがええわ」

どういうことかわからず、Nさんはその理由を尋ねた。

「まあ訊かんほうがいいと思うよ。知っちまったら、行くのが嫌になっちまうから。前にそこを担当してた若え奴はな、その家に届けなきゃいけねえ小包を、あっこの川に流しちまって、それがバレて懲戒処分だったわ。行きたくねえからって、捨てちゃいけねえ」

それだけ言うとYさんは簡単に引き継ぎを済ませ、送別会に出るために早々に帰ってしまった。その話だけでは訳がわからなかったが、(どこの町にもいる、偏屈な爺さんか婆さんでも住んでいるのだろう)ぐらいにNさんは思っていた。

郵便局に勤め始めてから三ヶ月ほど経った、ある日のこと。

外国からの郵便小包がひとつ、集配デスクのうえに置いてあるのをNさんは見かけた。伝票に書かれた文字を見ると、外国人特有の癖のあるアルファベットで記入されている。

長野オリンピックの影響か、この辺りの田舎町でも外国人を見かけることは多くなっていた。といっても、その殆どは観光客で、Nさんの知るかぎり、この町に外国人が住んでいるとは聞いたことがない。いや、いるのかもしれないが、人口が一万にも満たない小さな町なのだから、自然と耳に入ってくるに違いなかった。

──ああこれ、外国人宛ではなくて、日本人宛の荷物じゃないのか。

ふとそう思い、再び伝票に眼を落とした。癖の強い字を苦労しながら読んでいくと、そこに記入されている宛先は、退職したYさんが言っていた、あの一本松の家の住所だった。が、受取人の名前はどこにも記されていない。

伝票の下側の欄に小さく書かれた発送元を見ると、読みにくい文字の羅列の後に、最後だけやけに丁寧に、ある東欧の国の名が書かれている。

Nさんは傍にいた女性局員に、

「この荷物は配達しなくていいんですか」

そう尋ねると、

「そうなのよ。宛先の住所は書いてあるんだけど、肝心な名前がなくてねえ。送り主に戻すか配達するのか、局長の判断を仰ごうと思ってどけているんだけど。でも、前にもこんなことがあったわ、あれはたしか─」

女性局員は怪訝そうな顔で小包を見つめている。

「前にもって、そのときはどうされたんですか」

「うーん、覚えてないけど……ああ、そうそう。、たしかT君が持っていったんだっけ。それでT君がなんでかねえ、川に流しちゃったのよ」

T君というのは、Yさんが言っていた懲戒処分になった若者のことらしい。

「そのときに局長が言ったの。名前なんてなくても、住所がわかっているなら持っていけって。T君、あのときすごく嫌がってたわ。思いっきり顔に出てたもの。すごく真面目な子だったのよ。それにしてもなんでかねえ、どうして川に捨てるようなことをしたんだろう」

「いいですよ、僕が持っていきますから」

Nさんはそういうと、女性局員の返事を待たずに荷物を腕に抱えた。

受け持ちエリアのことは逐一知っておかなければという職業意識も多分にあったとNさんは言う。が、もっとも彼を動かしたのは、例の一本松の家への純粋な興味だった。

なにを言うのか知らないが、偏屈な爺さんだか婆さんにも会ってみたい。Yさんが言っていたように、気をつければ問題ないだろうと軽く考えていたのだった。

Nさんは河原沿いを郵便配達バイクで飛ばした。

ほどなく立派な枝ぶりの、赤松の巨木が一本だけそびえている一本松と呼ばれる地区に差し掛かった。その辺一帯は見渡すかぎり田圃と畑ばかりだった。そういう時間帯なのか、農家のひとの姿もまったく見えない。

するとそのなかに、粗末な平屋の家屋が一軒だけ、ぽつんとある様子がNさんの視界に入った。

家の造作からして、築三十年ほどといったところか。

──あの家か。

水を張った田圃に取り囲まれるように建っているその家には、なぜか敷地に入るための道がどこにもない。おかしいなと思いながら、ぐるりと一周回ってみても、やはり家につながる入り口は見当たらなかった。

建物の規模はまるで違うが、お濠に囲まれた城かなにかのように思えたという。

仕方なく、Nさんは田圃の脇道にバイクを停め、荷物を取り出した。畦道を伝って、家の敷地に踏み込んだ。

玄関口に立ち、チャイムを鳴らす。

しばらく待ってみたが、なんの反応もない。そればかりか、ひとが住んでいるような気配すらない。新聞は取っていないか、ドアの中央にあるポスト口にはなにも入っていなかった。

玄関の右側の、居間と思しきガラス窓のカーテンの端が、十センチほど開いているのにNさんは気づいた。部屋の明かりは点いていない。

──留守なのかな。

そう思った瞬間、カーテンの端がサッと音を立てて閉め切られるのをNさんは見た。

──おい、なんだよ。いるなら早く出てくれないかな。

再びチャイムを押す。

小さな家のなかを、不釣合いなほど大きな呼び出し音が響き渡るのが、ドア越しに聞こえた。

と、そのとき、ドアの内側で、がちゃりと錠が下りるような音がした。しかし、いつまで待っても扉は内側から開かれない。

訝しく思いながら、Nさんは玄関の引き手に手を掛けて、扉を開けた。

「こんにちはッ」

そう言いながら顔を上げた瞬間、思わぬことにNさんは固まってしまった。喉が張り付いたようになって、声がまったく出なかった。

「ドアを開いた先に白髪の老婦人が立っていたのですが、なんて言ったらいいのか……。いや、立っていたのではなく、浮いていたんです」

玄関の三和土のところで、まるで訪問客を出迎えるかのように老婦人は首を吊っていたという。

「それからは大変でした。職場に電話を入れて、警察を呼んで─」

死後一週間ほど経過していたという。初夏ではあったが、少し肌寒い日が続いていたせいか、腐敗はそれほどには進行していなかった。

「それで小包なんですが……大きな声では言えませんが、どさくさに紛れて家に持っていったんです。ええ、僕の自宅に。それがバレたら僕もコレでしたよ」

そう言いながら立てた親指を首に当てて、水平に動かした。

「なぜかはわかりませんが、その外国からの小包の中身がすごく気になってしまって。それで開けてみたんですよ。そうしたら──」

包みのなかには五十センチ四方ほどの、白い発砲スチロールの箱がひとつ入っていた。テープを剥がして蓋を開けてみると、なかにはびっしりと黒い土が入っている。今まで嗅いだことのない、生臭いような黴臭いような独特な異臭が漂ったという。

Nさんはそれを近くの公園に持っていき、土を植え込みのうえにぶちまけた。すると土のなかに、なにか干からびたようなものが入っている。ビニールかなにかだろうと、摘み上げようとしたとき、その正体がわかって、思わず飛び退いた。

猫だった。

カラカラに乾いて、頭が干し柿のようになった猫の死骸が、土のなかに埋まっていた。牙を?き出しにしたその表情は、まさしく断末魔のものであったという。

「なんでこんなものをわざわざ外国から送ってくる必要があるのか、それにどんな使い道があるのか、さっぱりわかりませんけど……」

その数日後、退職したYさんと道でばったり会ったので、先日のことを話してみた。もちろん小包のことは言わなかったそうだ。

「あのお婆さんは、たったひとりで住んでいたそうです。でも僕は、あのときたしかに見たんですよ。部屋のカーテンがサッと閉じられるのを。あの家は何年かに一度、自殺者が出るそうなんです。Yさんが知っているだけでも、四人ほど亡くなっていると。古い配達員の間では、呪われた家とか首縊りの家、なんて言われていたらしいです。お客さんの家ですから、普段大声でそんなことは言わないそうですが─」

住人が変わっても、客が来ない家というのは共通していたのか、毎回死体を見つけるのは配達に訪れた郵便局員だったという。そのときに持っていった荷物は、決まって受取人名のない外国からの小包だったそうである。

小包を川に捨てて懲戒処分になった若者も、過去にその家で首吊り死体を発見したひとりだった。そのT君が見つけた縊死遺体いしいたいは、亡くなってからさほど時間が経っていなかったそうだ。地元の大学を出て、小学校の教職に就いたばかりの若い男性教員だった。

いつ頃からかは不明だが、老婦人が住むようになるまでの十年間ほどは、教員用の借家として貸し出されていたとのこと。

T君がそのエリアを担当している間、受取人名のない外国からの小包は二回来たという。

最初が男性教員の縊死遺体を見つけたときで、警察の聴取の後、T君は小包を郵便局に持ち帰り、発送元に送り返したそうだ。二回目が女性局員の言っていた、一本松の家に行くのを嫌がっていたときのことであるらしい。結局、小包を送り届けることはなく、川に流してしまったのだが。

T君は二回目のときに勝手に開梱して、中身を見たのではないか。おそらくNさんの見たものと同じか、似たようなものが入っていたのだろう。それですっかり気味が悪くなって、川に捨てたのではないか。伝票の付いたままの小包を川の下流で誰かが見つけたかなにかで、捨てたことが露見したのに違いない。

T君がそういった行動に至った理由はわからないが、Nさんも似たようなことをしたので、なんとなく彼の気持ちが理解できる気がしたという。

後日、Nさんは空になった箱に適当に土を入れると、包みを元に戻して一本松の家に持っていき、裏の勝手口の前にそっと置いてきたそうだ。

「あの小包は、東欧の国から勝手に送りつけられてくるのではないかと、そんなふうに思うんです。定期的なのか、不定期なのかはわかりませんが。住所だけが記入されているということは、あの家に送りたいというだけで、受取人は誰でもよかったんじゃないかという気がするんですよね。受取人名はいつも記入されていないようでしたから」

一本松にあるその家は、元々誰が建てたものなのか、外国からの小包はいつ頃から届くようになったのか、あの小包と家の関係は、Nさんはその後、自分なりに調べてみたが、結局なにもわからなかったという。

それから二年ほど、件の家は空き家のままだったが、その間、外国からの小包は来なかったそうだ。しかし、その家に新しい住人が入居したことを聞いた翌月、Nさんは郵便局を依願退職した。

「それが理由ってわけではないですが、親戚が宅配会社を経営していて、手伝ってくれないかと言われまして─」

度々、例のエリアの担当を振られるそうだが、固く断り続けているそうである。

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