首を吊った女(長野市) | コワイハナシ47

首を吊った女(長野市)

明治十一(一八七八)年の旧暦四月の終わり頃、三河の寒村に嫁いだ二十歳を少し越えたばかりのテツという女が、家の梁に首を括って死んでしまった。

盗みの疑いをかけられ、親類が集まって離縁にすると話しているのを立ち聞きしてしまったのが、自殺の動機だろうと考えられた。

ちょうどそのとき、村のふたりの者が信濃の善光寺の参詣に行っていた。

御堂の御籠りを済ませて山門を出ると、向こう側から大勢の参詣者を押しのけながら歩いてくる若い女が眼に入った。

白手ぬぐいをかぶって、結城縞の着物に黒い帯を締めている。二人とも、その女になにか見覚えがある気がしたが、ひと違いだろうと、そのまますれ違った瞬間、はっと思って女のほうを見やると、うつむいたまま、すうっと、ひと込みのなかに紛れ、本堂のほうに歩いていった。

あれはテツではないのか。ああ、たしかにそうだった。

ふたりとも意見が合ったので、まず間違いなかろうということになった。

こんな場所で見かけるとは不思議なものだが、多くの人が訪れる善光寺なのだから、そんなこともあるだろう、とふたりは思った。

三河に入り、田口の親類の家に立ち寄ったとき、善光寺でテツを見かけたことをいうと、その朝に首を吊って死んだことを知らされ、ふたりは吃驚してしまった。

ちなみにふたりは死んだテツとは縁続きの者で、テツが嫁ぐ前にしばらく家にあげて世話をしていたのだ。

テツは縁側でいつも機織りをしていたが、そのときの格好が、善光寺の山門で見かけたのとまったく同じで、黒い帯の結びをだらりと下げている癖もそっくりそのままだったという。

シェアする

フォローする