S廃墟に居たもう一人(岡山県井原市) | コワイハナシ47

S廃墟に居たもう一人(岡山県井原市)

「今、何か聞こえませんでした?」

Aは誰も居ないはずの上階から「ガタン」という音を確かに聞いた。

「何も聞こえんかったけど、行ってみる?」

そう答えたのは、廃墟探索にAを誘った一つ歳上の先輩Bだった。

二人は岡山市内のM大学に在学しており、Aは一つ歳上のBを慕い、またBは自分を慕う数少ない後輩であるAを可愛がっていた。その間柄は中学生の時から続いている。

「A、廃墟行こう!」

狭い喫茶店の中で奇妙な話を大声で言うものだから、何人かの視線が二人の座る席に向けられたのをAは感じていた。いつも世話を焼いてくれるBの誘いだが、Aはこの話に乗り気ではなかった。というのもAは心霊の類に全く興味がなかったのだ。そんなAの雰囲気を感じ取ったのか、

「俺の趣味に一晩付き合えば、彼女の居ないお前の為に合コンを開いてやる」

とBが交換条件を出してきた。Aはすぐさま、その条件に飛びついた。

探索当日、Bが運転する車はカーナビに打ち込んだ住所へと向かっていた。物好きな人たちが全国の廃墟にまつわる噂や住所を書き込んでいる掲示板があるらしく、そこで見つけた廃墟が今回の目的地らしい。

「Aは廃墟に行くのは初めて?」

「はい、でも普通は廃墟なんか行かないですよ。先輩は何がきっかけなんですか?」

「俺も最初は先輩に連れてこられたのがきっかけかなぁ。それからはスリルがたまらんようになって何度も行くようになってしもうたけど」

「へぇ、そうなんですね」

「今日の廃墟はええぞ! 井原市にある二階建ての『S廃墟』って呼ばれとる廃墟じゃ! 噂だと男が一人で住んどったらしいんじゃけど、ある日を境にその男と全く連絡取れなくなった事を不審に思った友人が様子を見に行ったんよ。そしたら男が二階で首吊っとったらしいわ」

「そんな場所に入って大丈夫なんですか?」

「そういうのも含めて、全部楽しむポイントなんよな!」

(不謹慎だな、この人)

二時間程度そんな事を話していると、カーナビが「目的地周辺です」とアナウンスした。

「おぉー! あそこあそこ!」

興奮する先輩が指差す方を見ると、そこには手入れをしていない背の高い雑草に囲まれた廃墟がそびえ立っていた。

「ここに入るんですか?」

「入らんと意味ないじゃろ。ほれ」

先輩はAにマスクと懐中電灯を渡した。

「人が全然入っとらんけん。ホコリが凄いんよ」

「ありがとうございます。でも、ここ鍵は開いとるんですかねぇ?」

「確かに……行ってみよう」

二人は草をかき分けて廃墟へと近づいた。いざ廃墟を目の前にすると異質な様子が分かる。草が毛細血管のように家の壁に張り巡らされており、スプレーの落書きが、まるで来る者を威嚇しているようにも感じる。

「行くぞ」

Bはドアノブに手をかけると、ゆっくりとひねった。

「開いた」

扉を開けると湿気がすごく、モワッとした空気と異臭が二人を包んだ。

土足で屋内に入ることに少し抵抗があったが、AはBに続いて奥へ進むと、かつてはキッチンだったであろう場所に着いた。割れたお皿が散布しており、歩みを進める度に「パリパリ」と破片を踏み砕く音がした。噂によると男が一人で住んでいたと聞いていたが、この食器棚の大きさを見ると誤情報かもしれない。

見る場所がなくなったのか、Bは部屋を出て次の部屋へと向かった。

「うぉー!」

Bに何かあったのか? 声がする方にAが慌てて向かうと、

「見てみぃ、仏壇じゃ! 怖いのぉ!」

心配した自分が馬鹿みたいだ。ただ確かにBが言うように、こんな場所で壊れた仏壇を見ると気持ちが悪いもので、仏飯をお供えするお椀が割れており、花をお供えする花瓶の中には濁った水が見えた。極めつけは遺影が下に落ちて、その上を踏み抜いた人の足跡が確認出来たことだ。(ロクでもない奴がいるものだ)と、Aが遺影を眺めていると、

「ガタン」と二階から何かが倒れる音が聞こえた。

「今、何か聞こえませんでした?」

Aは誰も居ないはずの上階から「ガタン」という音を確かに聞いた。

「何も聞こえんかったけど、行ってみる?」

Bはすぐさま二階へと続く階段を見つけて「こっちこっち」とAを誘導した。

二階は一階よりさらに湿気が酷く、床もフローリングが痛んでいるのか、足に変な感触を覚える。

「仏間の真上から聞こえたので、ここの部屋ですね」

流石にBもここは怖いのか、Aの方を見ながら小声で「せーの」と一人掛け声を言いながらドアを開けた。

そこは今までの部屋と違い、部屋の中に家具はほとんど存在せず、何故か中央に倒れた椅子が一脚あるだけという奇妙な空間だった。

「ここ、何の部屋じゃろうな?」

「分からないです。でも何かの拍子で、この椅子が倒れた音だったんだと思います。何もないですね。すみません」

「いや、ええよ」

と、Aの方向にに懐中電灯を向けた瞬間、Bの顔が一気に青ざめた。

「A、そろそろ出ようか」

「えっ、もういいんですか? まだ見てない部屋ありますけど」

Bは質問を無視して、Aの背中をぐいぐい押して部屋から、そして廃墟から無言でAを連れ出した。そして「帰るぞ」と、一人そそくさと車へ戻って行ってしまった。

「先輩に何かしてしもうたかなぁ、何が悪かったんじゃろ?」

Aは気まずそうに車のドアを開けて車中に乗り込んだ。

「先輩、僕が何かしちゃ……」

「お前、気が付いたか?」

Bは言葉をさえぎ遮った。

「気が付く……何にですか?」

「俺がお前に、懐中電灯の灯りを向けた時に見えたじゃろ?」

「えっ? 僕は先輩の方を向いていたので見てないです」

「マジか? お前に灯りを向けた時、壁に……、壁にお前ともう一人の影が映っとったんよ」

Aは全身に鳥肌が立つのを感じた。

「お前の横にもう一人の影が映っとった。しかも、ちょうど倒れた椅子の真上に映っとったんじゃけど……」

「いや、あの部屋には僕と先輩しかおらんかったじゃないですか!」

「その影、その影な……、首吊っとった。多分お前が聞いた音は……、霊が首吊る為に椅子を蹴り飛ばした音だと思う……」

帰りの車の中では二人無言だった。その日を境に、Bの趣味が一つなくなった事は言うまでも無い。

ここからは著者の推測ですが、霊というのは亡くなる直前の一番強い思いを死後も果たそうとするという説があります。物語に登場する廃墟の二階にあった椅子が一脚しかないという部屋は、もしかすると廃墟に住んでいた人が自殺する為に生前用意した部屋で、そんな強い生前の念が死後の彼を苦しめ、毎夜毎夜、彼の身体を椅子の上へと導いているのかも知れません。

この二人を取材させて頂いた際、十年も前の話をまるで先ほど体験した事の様に細かく伝えてくれました。それほど彼ら二人には、この体験が強いトラウマとして残っていたのでしょう。

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