桃の木の怪(岡山県 某市) | コワイハナシ47

桃の木の怪(岡山県 某市)

筆者は取材先で出会った人々に、突発的に声をかけることもある。

大抵は訝いぶかしげな視線を残して去ってゆくが、ごく稀に面白そうな話に当たる。

怖い体験、ありますか? そう訊くと、

「桃は好きですか?」

そんなことを聞き返された。

桃といえば岡山の特産品である。

……えぇ、まぁ。と、答えた。

「そうなんですか。僕、桃が嫌いなんですけど……。これには、僕なりの理由があるんです」

彼は小学生時代、いわゆる「ガキ大将」だったので、悪いことを色々とやってきたそうだ。

そんな悪さの一つに人の敷地内の果物を食べるというものがあった。

といっても畑から盗むのではなく、庭に生えている柿や枇杷びわを取って食べるというもので、その日に目をつけたのは近所の地主の屋敷だった。

その屋敷の庭には大きな桃の木が生えており、毎年桃の実がたわわに実っていたそうだ。

しかし、家の人が実を食べないどころか、カラスなどの野生動物がそれを食べているところを彼は見たことがなかったという。

これは勿体無い! というわけで彼は狙いを定めた。

留守を見計らい、子分を数人引き連れて屋敷の前へ。

固く閉ざされた門扉をビールの空き箱を何段にも重ねるという、単純明快な方法を使って侵入。

無事に桃を人数分確保し、自分たちの秘密基地に逃げ帰った。

他人のものとはいえ、苦労して取った果実はさぞ美味しかろう。そう思って一斉にかじった……が、味がしない。

正確に言うとかじっていなかったのだ……。

おかしい。また、かじる。かじれない。

桃の産毛が唇にチクチクと当たるが、彼らの歯はズルリと果実の表面を薄く削って撫でるだけ。

もちろん、味もしなかった。

何度かそうしているうちに、かじれない理由が分かったそうだ。

いつの間にか手の中の桃は、別の物へと姿を変えていた。

熟れて淡い紅色になり、弾けんばかりに張っていたはずのそれは、今はほんのりと赤みを帯びた肌色で、感触は気の抜けたゴム毬のようになっている。

それを持つ彼らの手が赤く染まる。

見ると、それの表面には子猿のような顔だちが深い凹凸として表れ、うごめいていた。

今にも声をあげて泣き出しそうにパクパクと開閉する口とおぼしき窪みの中には、小さな舌まで見えたという。

赤ん坊だ。血塗れの赤ん坊の生首だ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

彼らは悲鳴を上げて逃げ帰ったそうだ。

後日、盗んだという事実は隠して、屋敷の外に落ちていた桃を拾って食べようとしたら……。ということにして、家族に話したそうだ。

すると、多分だけど、という前置きをされてから、こんな話を聞かせられた。

「あの家は代々長男しか取らないから、次男以下や女の子は中絶させているらしい」

これは、あくまで噂話だ。

現在の様に母体の中にいるうちに胎児の性別が判断できるようになったのは昭和六十年頃。

彼から話を聞くに、家族から聞いた話は相当古くからの風習だそうだが、それ以前はどうしていたのか。

また、中絶というものは母体に凄まじい負担をかける行為だ。もし、風習が真実であったとしたら、中絶以外に方法は無かったものであろうか。

第一、今日まで代々守られ続けてきた大切な風習であるなら、長男が産まれた後の行為自体に十分な配慮が為されている筈であるが……。

しかし事実、その屋敷では次男以下や女児を見たことがない、とは彼の談。

続けて彼は言う。

「今思えば、僕の家族は僕らが屋敷へ盗みに入ったことを察して、釘を指す意味で不気味な風習をでっち上げたというのが真実かもしれません。でも、僕らが見たアレは間違いなく赤ん坊の生首で、友人達も見ているんです。もしかしたら、本当にその子たちの怨念や何かが、桃を実らせているのかもしれません。屋敷の人たちはそれを知っていて……」

この話のおかげで、しばらくの間、桃に包丁を入れる瞬間は少し警戒するようになってしまった。

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