貯水池(岡山県津山市) | コワイハナシ47

貯水池(岡山県津山市)

中学デビュー失敗。

小学生の時は地味なグループに所属していた私は、進学した中学校では今度こそ派手な騒がしいグループに所属してやろうと考えていた。

策はある。何の考えもなく素材で勝負した結果、友達が一切出来なかった小学生の時とはわけが違う。入学を控えた私には「クラスの中心に俺はなる!」という希望に溢れていた。だが私の小さな野望は入学一日目で打ち砕かれる事となった。

入学式当日、早速数ヶ月の間練って来た作戦を決行する事にした。

その策とは「ヤンキー」を演じるというもの。ただ普通に怖いだけのヤンキーではなく話せば分かってくれる系。これは線引きが非常に難しい。怖過ぎると近づけない、ヤンキー成分を抜き過ぎても舐められる。では、どうすれば良いか。

「口笛を吹けば良いんだ!」

これに気が付いた時、思わず声に出してしまった。

ポケットに手を突っ込み肩で風を切るという怖さを演出しながら、ユーモアさを出す為に口笛を吹く。私の作戦は完璧だった。

正門をくぐる時、私は作戦通りポケットに手を突っ込んで肩で風を切った。

(みんな怖がっているなぁ。でも安心して! このあと口笛吹くから!)

口を尖らせ口笛を吹こうとした瞬間、耳元でドスの効いた低い声が聞こえた。

「お前舐めとんか?」

声の主を見ると長髪を赤く染めた完全なヤンキー。しかも口笛を吹かないタイプの。

そのヤンキーに聞こえるんではなかろうかと思えるほど、心臓がバクバク鼓動を打った。

「ド突き回しちゃろうかお前! さっさと手を出せ!」

「はい!」

私はポケットに入れた手をゆっくりと出して、姿勢を正して綺麗な気を付けのポーズをした。

完全にビビっていた。

「次、調子乗っとるところ見つけたらタダじゃおかんぞ! 行け!」

「失礼します!」

頭を下げ「助かった……」と指定のクラスへ行くと、

「あいつだよ。頭下げてたの」

「カッコ悪!」

クラスの話題は悪い意味で私の話で持ちきりになっていた。

それから数ヶ月後、クラスにはいくつかのグループが出来ていたが、私はどこにも所属出来ず、気が付くと一人で行動するようになっていた。

私の実家は山奥の田舎にあったため、自転車通学する際、行きは下り坂で非常に楽なのだが、当然帰りは逆に上り坂となり、かなり険しい道を自転車で毎日上っていた。ある日、そんな険しい上り坂を、自転車を立ち漕ぎしながら上っていると、

「そこの自転車、止まりなさい!」

パトカーが坂の下で誰かに向かって声をかけている声が聞こえてきた。

「そこの二人乗りの自転車、止まりなさい!」

警察官の注意を聞く限り自転車の主は警察官の注意を無視し、なおかつ二人乗りもしているらしい。

(悪い奴がいるものだな)

私は入学時の出来事がトラウマになってしまい、夏の暑い日でも第一ボタンまでしっかり止める優等生と化して、悪い行為に対して少々潔癖になっていた。

「女性を後ろに乗せている君だよ君! 自転車の二人乗りは危ないだろ! 早く止まりなさい!」

(言う事聞いて早く止まれよ!)

「おい聞こえとるじゃろ! 止まれ!」

私はいつまで経っても言う事を聞かない何者かに苛立ち、自転車を止めた。

警察の注意を再三再四無視し、女性と二人乗りを楽しんでいる悪人の顔を拝んでやろうかと思ったのだ。

(坂の前には誰も居ない。ということは後ろか?)

そう思って後ろを振り返ると、

「やっと止まった! 君だよ!」

パトカーを私の自転車の真横に付けると、窓から顔を出した警察官が何故か私に向かって声をかけて来た。

「何ですぐ止まらんのん! 危ないじゃろうが!」

「えっ?」

私はパニックに陥っていた。

「何で、すぐ止まらんかったん?」

「……」

いくら考えても、何を注意されているか分からない。

「ここ、事故多いの知らんのんか? 横見てみぃ」

言われた通り横を見ると、眼下には大きな貯水池が。

「ここに落ちる人、何でか多いんよ。二人乗りなんかしとって体勢崩して女性ごと下落ちてみぃ。責任取れるんか!」

「ん? 二人乗りですか? 誰がです?」

「君じゃろうが! それで女性はどこへ行ったん? 注意せにゃならんけん、連れて来て!」

「いや、二人乗りなんてしてないですよ?」

中学デビューに失敗した私には、一緒に帰る友達すら居なかった。

「女性を守りたいのは分かるけど、私ら君が後ろに女の子を乗せとったの見とるけん、はよ連れて来て」

パトカーの中を覗くと「連れて来ぃ」とハンドルを握るもう一人の警察官が居た。

「いや、本当に何の事を言われようるのか分からんのです。二人乗りなんてしてないですし……」

私が腕を組んで考え込んでいる様子が、女性をかばってしらばっくれている様に見えたのか、

「分かった。君の根性に免じて今回は目をつむるわ。でも本当に貯水池は事故が多いけん。気を付けるんで!」

そう言うとパトカーは坂を上って行った。

二人の警察官が嘘を付いているとは思えない。では私が後ろに乗せていた女性というのは? 怖くなってしまった私は極力後ろを振り返らず帰路に就いた。

後日聞いた話によると、数年前にあの辺りで二人乗りをしていた学生カップルがバランスを崩して、貯水池に落ちてしまったという事故が起きたそうだ。彼氏は助かったのだが、彼女の方は溺れて亡くなってしまったという。もしかすると、私の後ろに乗っていたのは、その亡くなった彼女だったのかもしれない。

当時の私はそう思い込んでいた。

この書籍に収録する話に間違いが無いかともう一度確認する為、取材を行った。すると、この様な話が出て来た。

数年前、件の貯水池で自殺を図ろうとした男性がいた。近隣住民が飛び込もうとしている男を見かけて警察に通報すると、警察官が到着した時には既に男は靴を揃えて、その上に遺書を置いて貯水池に飛び込む寸前だった。何か悩みを抱えた男が自殺を図ろうとしている。その場に居た全員がそう思っていた。

だが、男が自殺する理由について語り出すと、場の雰囲気が一気に凍りついた。

「俺はこの女と一緒に死んでやるんじゃ! ワシらは愛し合っとる! 一緒に死んで来世に懸けるんじゃ! 頼むけん、邪魔せんといてくれぇやぁ!」

男が言う女など、その場のどこにも居なかった。

だが男は、さも女がその場に居る様に喋るのだと言う。

結局取り押さえられた男は最後まで「一緒に死ぬんじゃ!」と抵抗していたらしい。

今思い出すと、私を注意した警察官たちは「同じ学校の子?」だとか、「制服の女の子」などという事は一度として口にしておらず、「女性」と私よりも歳上の女の人を指す様な言い方をしていた。

学生時代、私の後ろに座ったのは本当に貯水池で溺れ死んだ女学生だったのだろうか? それとも……?

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