旭川の水死霊(岡山市 岡山城) | コワイハナシ47

旭川の水死霊(岡山市 岡山城)

岡山駅から県庁に向かい通りすぎると、橋を渡る道に出る。広い川を渡す橋だ。

その川が旭川であり、花見の季節は屋台の店が川岸に並ぶ。その川を堀りの様にして岡山城と後楽園が所在する。

フリー記者の河上さんが、ちょうど川を渡って交差点に出たところだった。

交差点で人が倒れている。その人の前にハザードを出している車があった。どうやら今、人身事故が起きたばかりのようだった。

「スクープだな。こりゃあ」

嬉しそうにその現場を手持ちのデジカメで撮影した。

何枚か撮ると、その倒れていた人物が全く動かないことに気づく。すぐに救急車が大音量のサイレンを鳴らして到着した。

「この人、生きてない気がするが……」

河上さんは写真を撮りながらつぶやいた。ファインダーの中の被害者の顔はもう蝋人形のように血の気がなかった。

「お陀仏だな。こりゃあ、もうだめだろう……」

軽く手を合わせると、すぐにその遺体にピントを合わせた。シャッターを切る。

その日はオフで、旅行をしていたにもかかわらず、ついスクープ写真撮りに必死になっていた。職業病だな、と河上さんもつくづく自嘲していた。

その事故が発生した交差点が閉鎖されたため、仕方なく旭川の河原を歩いた。河原は様々な花見用の出店が立ち並び、花見客であふれ、出店が立ち並んでいた。夜桜というには少し早い時間帯だった。

右側に後楽園、左側に岡山城という絶好のロケーション、川沿いの道を歩き出した時だった。

人が倒れたように見える四肢が見えた。四肢と表現するのは、すでに警察の鑑識の連中が取り巻いていて、胴体や頭の部分は見えなかったからだ。

もしくは最初から上半身が無かったのかもしれない。

「今日はどうしたんだ。やたらツイてるな」

河上さんは嬉しそうにその四肢と鑑識の後ろ姿を望遠レンズで撮った。その手足も真っ白で全く血の気がない。死体はこういうものだと認識していたが、あまりに白く、「女の死体かな」と直感で感じた。大方、どこかで突き落とされて土座衛門(水死体)として打ち上げられたか、この河原に死体として捨てられたか。事件を想像しながら河上さんはシャッターを切った。鑑識が死体用の長い袋に四肢を詰め込み、少しするとそれを数人で抱えて上がってきた。

「どうしたんですか、事件ですか?」

河上さんが警察に問いかけたが、答えはなかった。約十人ほどの警官や鑑識が一人としてこの件に関して話さなかった。カメラを持っている河上さんを警戒したようだ。

「何だよ、教えてくれたっていいだろうに」

カメラを持ち直して、向こう岸の岡山城を撮った。

少し行った先に岡山城へとつながる橋があり、そこを渡った時だった。

橋の欄干に人のようなものが見えた。

「また土座衛門か?」

見える方にカメラのレンズを向けてシャッターを切ったが、一瞬で消えてしまった。見間違いかと目をこすったが、もう何もいなかった。

その橋を渡り終える頃だった。それまで晴れていたのに、突如黒雲がかかり、激しい雨が降り出したのだ。春先にしては生暖かい日ではあったが、思いもよらぬ豪雨に、河上さんは慌ててお城の入り口にある古めかしいトイレに逃げ込んだ。

中は鬱蒼うっそうとして気味が悪い。カビの匂いと木の匂いが混じっているようで、陰気な雰囲気のあるトイレだった。

元々岡山城の外壁は黒塗りで「烏城うじょう」とも呼ばれている。急激な雨曇りの空に、突然の夕闇が訪れたように、木々の緑も何もかも暗かった。周りには家屋もあり、人里寂しいような場所ではないのに、そのトイレの中にいると気温が急激に下がったような寒気に襲われ、寂しさが増した。傘もなく、びしょ濡れになったカメラとスマホ。スマホはもう起動しない。

「困ったな、タクシーも呼べないのか」

雨は止みそうもない。トイレからは出られないが、なんだか首筋に寒気がして止まらない。何となく気になり、カメラレンズを自分に向けてシャッターを切った。そのあと、カメラ自体もおかしくなり、電源が入らなくなってしまった。

やっと雨が小降りになり、走ってそこを出た。首の調子は相変わらず変だが、城の見学もできずにそこを去った。

その先に美術館があり、タクシーが二台止まっていた。運転手が乗っているように見えた。手を挙げながら近づいた。

「乗せてくれ」

だがタクシーの扉は開かない。よく中を見ると見間違いだったようで、二台とも運転手が乗っていなかったのだ。

通りすがりの人も、不思議そうな顔で河上さんを見ている。

河上さんは仕方なく、街の方まで走って行った。商店街の本通りで傘を買い、そしてようやくホテルに入館して落ち着いてから、濡れた服を着替えた。

しかしカメラもスマホも起動しなかった。

次の日は簡易カメラで必要な場所を撮影し、故障してしまったスマホとカメラを東京に戻った際に修理に出した。

スマホはもう水没して使えず、買い替えることになってしまったが、カメラは何とか修正できた。

「ろくな目に遭わねえなあ」

河上さんはぶつぶつ言いながら、デジタルカメラの画像を見ていた。

だが、あることに気が付いた。

遺体らしき写真が全部ピンボケしているのだ。あれだけしっかり撮ったのに。友人のカメラマンにそれを見せに行った。彼は少し霊感がある。

「これ、撮っちゃいけないって意味だと思うよ」

「そりゃわかってるけど、撮れたんだからさ」

「これ見ろよ。お前の自撮りか? この暗いとこ」

城近くのトイレで撮った写真だった。最後に撮れた分だ。

「お前の首に手がかかってるよ。首を絞められなかったか?」

河上さんは急に震えを感じた。

「いや、でも確かに首筋に寒気がして止まらなかったんだよ」

「だろうな。この前に撮った水死体が特にヤバイな。もしかしてバラバラ死体だったか?」

「それは……、わからんが手足しか見えなかった」

「それだ。『首を返して』って言ってるよ」

「誰が?」

「お前の首筋に絡んでる女がさ。ほら、後ろに首なしの女が立ってるだろ」

暗いトイレの写真なのに、河上さんの首から後ろが白くぼんやりと霧がかかっているように写っていた。

「それでね、その写真を使っての雑誌の掲載は取りやめになりましたよ。友達のカメラマンがしきりに言うんでね、『この写真は絶対載せるな』って、その霊体が言ってるっていうもんでね……。他の橋の写真なんかも、ところどころその首なしの水死体が写ってるそうなんで……」

と恐々とした表情で河上さんは語った。僕はそれを聞いて質問した。

「しかし、本に載せるのはいいんでしょうか? 書いてもいいですか?」

河上さんは不思議な汗をかきながら言った。

「本当は、それもダメだって言われてるんですよ。書いたらどんな目に遭うか……。だけど僕も変な好奇心があるもんだから、どうなるか試してみたいところもあってね。事故死した遺体のことも書いたらダメだっていうんですが、そっちはもう本に掲載しちゃったんですよね」

河上さんはさらに汗を拭きながら語った。首元に手がかかったように靄もやが見えたが、気のせいだと思いたい。

日本百名城に選ばれる岡山城は、本文でも述べたように黒い下見板が張られていることから別名「烏城」と呼ばれている。天守閣は不等辺五角形をしており全国的にも珍しい形だ。

五角形は要塞としても非常に適した形である。霊が憑りついた河上さんが天守閣に登れないようにした、そんな城守護の霊気を僕は感じている。

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