シャン、シャン、シャン……(岡山県津山市) | コワイハナシ47

シャン、シャン、シャン……(岡山県津山市)

私は岡山県内の、町民が数百人しか居ないような山奥の田舎町で生まれ育った。町民は少ないが、その代わり活気があり、町の人達はいつも笑っていた。だが私は、自分を生み育ててくれたこの町が大嫌いだった。

その理由は「しきたり」。

この町にはいくつかのタブーがあった。

ある期間は通り抜けが禁止される神社、必ず参加しなければいけないお祭り、その他にも細かいものを合わせれば約十程度のしきたりが存在し、それらを一度破ってしまうと、町の人たちは狂ったように怒るのだ。

私自身、幼い頃はそれが正しい事だと信じて疑わなかった。

だがある日、そのしきたりが奇妙な事だと気がついてしまったのだ。

それは私の家族がそのしきたりを破ってしまい、町の人々の怒りの矛先が私たちに向けられたからである。

破ったしきたりは「神様が住んでいる入山禁止の山に入った」というものだった。

この「神の山」は、低い山ではあったが頂上に神様が住んでおり、代々土地の長しか住む事が許されていないと町内では手厚く信仰されている入山禁止の山だった。

だが、うちの祖父は何を思ったか、入山の禁を破るどころか、その山を買い上げた後、頂上を切り崩して家を建ててしまったのだ。

それから私たち家族は、町の人々から毎日の様に嫌がらせを受けるようになった。

無視やひそひそ話、中には石を投げてくる人もいた。

そして家を建ててから十年ほど経ったある日、事件が起こった。

私が二階の自室で寝ていると、奇妙な音が聞こえて来た。

シャン、シャン、シャン……。

(鈴の音?)

微かに鈴の音が聞こえた。時計を見ると午前二時過ぎ。(こんな時間に何だ?)

不思議に思いながらも、鈴の音が聞こえて来る方向を探るために耳を澄ませた。

シャン、シャン、シャン……。

どうやら、音は家につながる坂の下から聞こえているようだ。

私は怖いながらもその音の発生源が気になり、ゆっくりとカーテンを開けて、坂の下を確認する事にした。

真夜中という事もあり音源の姿形を確認することは出来なかったが、鈴の音に混じって何人かの足音が聞こえている事、そして、その足音は徐々に坂を上って家に近付いているという事に気が付いた。

(親に言わないと……)

そう思ったのだが、当時から私は怪談やオカルトものが大好きで、今体験している恐怖から少しでも目を離すと煙のように消えてしまうかもと、親に言うのを躊躇ためらってしまった。

そうこうしていると鈴の音は坂を登りきって、家の前まで歩みを進めていた。玄関先の来客用ライトが鈴の音を鳴らす集団に反応して煌々こうこうと夜を照らした。

私は鈴の音を鳴らすものの正体を見た瞬間、親に助けを求めなかった事をひどく後悔した。

ライトが照らしたのは、白装束を来た坊主と数人の大人の男性。

坊主は左手に錫杖しゃくじょう(鈴が付いている杖)を握り、力一杯地面に打ち付けていた。私が聞いていた鈴の音は、この錫杖から鳴っていたのだ。

錫杖を手にした坊主は顔面を真っ赤に塗りたくり、それがまるで血の塊に見えたので、私は声も上がらぬ程恐怖した。

坊主達は玄関前で歩みを止め、錫杖をより一層強く地面に打ち付け始めると、その真っ赤な顔から舌を「ベーーー」と出し、空いた右手を中に上げて握りこぶしを作り、自身の右側頭部を何度も殴打し始めた。

ゴツッ、ゴツッ、ゴツッ……。

殴る度に顔に塗られた真っ赤な塗料がこぶしに付いて、その異様な光景は本当に坊主の頭から血が流れているのか? と錯覚させるほどだった。

後ろに立っている男たちを見ると、坊主と違い、ジーンズにTシャツといったラフな格好だったので、少し私を安心させた。だが男たちの顔を見た瞬間、恐怖が再び私を拘束した。

その男たちは町の人々だったのだ。その時、私はやっと彼らの目的に気が付いた。

「これは呪いだ」

神の山を冒涜した我々家族を恨み、町の人々が赤塗りの坊主を介して呪詛を仕掛けてきている。

恐怖に耐えられなくなった私は布団にくるまって、時が過ぎるのを待った。

気がつくと眠っていたのか外は明るく、私はぐちゃぐちゃの布団の中で目を覚ました。

昨晩の事を親に話すと、不思議な事に「知らんなぁ。寝ぼけとったんじゃろ?」と本当に知らない様子だった。あんなに鈴の音が響いていたのに、なぜ? 信じられない。そんなもやもやを抱えながら、その日私は通学した。

その後、帰宅して家の玄関に着くと、祖母の異様な声が聞こえた。

「大丈夫か? 今救急車呼んだけんなぁ!」

祖父母の部屋に急いで向かうと、そこには祖父がうつ伏せに倒れていた。

「おじいちゃん、大丈夫か!」

祖父はまるで魂が抜けたようにグッタリしており、口から舌が飛び出していた。

「嘘だろ……」

私の頭には昨晩現れた舌を「べーーー」と出す赤塗りの坊主の姿が浮かんだ。

(もしかして呪い?)

数分後、駆けつけた救急隊の方が祖父を搬送した。

救急車のけたたましいサイレンの音でも、私の頭の中に浮かぶ坊主の姿をかき消す事は出来なかった。

数ヶ月後に祖父は亡くなった。死因は脳梗塞、そして奇しくも血管の詰まった箇所というのが、あの赤塗りの坊主が殴り続けていた右側頭部だった。

祖父の死から数年後、私は学生時代から興味があった仕事に就くため上京した。そして、東京で知り合った女性と交際し、結婚の約束をした。

両親に挨拶するため数年ぶりに帰郷すると、上京以前は自然風景しかなかった田舎町にも大きなビルが立ち並び、車の交通量も増えたのか、道路も広くなっていた。

「この町も変わったなぁ」

「この上が家だよ」

「うん……」

彼女は不思議な顔をしながら数歩先にいる私に向かって質問してきた。

「なんでこの町の人たちって私たちを睨む様に見てくるの? ずっと視線感じて、ちょっと気持ち悪いんだけど」

一見変わったように見えたこの町は、何も変わってなどいなかった。

私は彼女にこの町のしきたりや、あの晩の事を話した。

そして彼女を妻に迎えるのではなく私が婿となり、彼女をこの町から遠ざける事にした。私は名字を奥さんの姓に変えて今は何事もなく暮らしているのだが、実は奥さんには伝えていなかった事がある。

あの晩から私は、何気ないときに頭の中にある音が聞こえるようになっていた。

シャン、シャン、シャン……。

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