キリシタン流刑の島(岡山県備前市 鶴島) | コワイハナシ47

キリシタン流刑の島(岡山県備前市 鶴島)

備前市の日生港から見える様々な島の中には、悲しいいわれがある島もある。

日生港から見える日生諸島、この中に「鶴島」という、とても小さな無人島があるのをご存じだろうか。

野生の鹿が生息するという鹿久居島は、日生諸島の中では最も大きい。その隣にひっそりとある最も小さな島、それが鶴島だ。

かつて、ここはキリシタン百十七人の流刑地だった。

キリシタンに対する弾圧は、秀吉の時代から鎖国が行われた江戸時代までも含め長期に渡って行われてきた。キリスト教禁止令を破った者には磔獄門の刑が行われた。

特に当時の長崎は、唯一外国人との取引があった場所なので、その関連からもキリシタンスト教信者が根強く存在した。そして、開国した後の明治政府もまた弾圧を続けていたのだ。

長崎の三千四百人ものキリシタン信者を捕え、全国の流刑地に島流しにしたのだ。

そのうち百十七人の信者がこの鶴島に送られた。

『浦上四番崩れ』という、日本史上最悪の宗教弾圧の黒歴史である。

この島でキリシタンたちは、狭い長屋にすし詰めにされて、毎日、女性は六坪、男性は八坪の荒れ地を毎日開墾するという非常に過酷な作業が待っていた。

それでも、鶴島へ送られることを『天主の旅』と呼び、信者たちは強く生き抜いた。この流刑生活は四年に及び、明治六年にキリスト教禁止令が撤廃されるまで耐え忍んで長崎に戻れた者もいたが、十八人がこの島で亡くなってしまった。

殉教者の碑と十字架とマリア像は、岡山のカトリック教会が建立した。

今や無人島となっているが、歴史を知っている者は、苦しみぬいた人々の念が未だにこの島を無人化させているともいう。

わずか〇・一平方キロメートルほどのこの島には、無念の魂が浮かんでいるのだ。

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