渋川海水浴場のすぐ近くに「王子が丘」がある。
ここには未完成のまま廃墟となった建物が所在している。真っ白なホテルが完成する予定だったのだ。
渋川海水浴場も溺死霊の噂が絶えないが、この廃墟にも沖からやってくる浮遊霊のせいで、工事が中断して未完成になったという噂が囁かれているが、実際にこの建物は、ガラスや壁のひび割れなどがひどい。
西野さんは十五年ほど前にこの廃墟を取材したことがあった。心霊特集の記事で、廃墟内でここに首吊りしている女性のシルエットが窓に映るという噂があったのだ。
霊感の強い女性記者と共に、夜の帳の中、ぼんやりと見える白い巨塔へと向かった。
窓に立つと言われる霊のシルエットは肉眼では全く分からなかった。車を走らせ、一通り外壁を撮り、車内に戻った。女性記者は車の外に出るのも怖いと言い出す始末で、何の役にも立たない女だな、と思いながら運転席に戻った。
すると、彼女の姿がない。
「あれ、どこに行った?」
西野さんが声を出した。すると背中をトントンと叩かれた。なんだ、外に出ていたのか、と振り向くと、真っ白な服を着た二十代前半くらいに見える男性が立っていた。
その姿を見た途端、全身に寒気がした。彼は生きている人じゃない……そう思って、何も言わずに、車の中に滑り込んだ。女性記者は後部シートで横になっていた。
「お、おい、大丈夫か?」
「あ、ああ、はい。気分が悪いので、すぐに車を出してください、お願いします」
女性記者はか細い声で言った。
西野さんが急いで車を発進させると、さっき見た男性はもういなかった。
「俺、やべえの見ちまった!」
と西野さんが言うと、彼女はずっと黙っていた。
十分ほどして、街明かりが見える場所に来ると、やっと女性記者が安心したように話し出した。
「さっき、男の人連れてきましたよね」
「あ、ああ。見た? あれ、幽霊だよな? 絶対」
「と思います。でも私も同じ人を見たんで、怖くなって後ろに隠れたんですよ」
「どこで見た?」
「あの建物の窓に立ってたんです。で、写真撮って、人の気配がしたから、西野さんが戻ってきたなと思ったら、フロントガラスの前にあの男の人がしがみついてたんですよ!」
西野さんは運転しながら話を聞いていた。
「うわっ! と思って、後部シートに逃げたんですけど、そしたら西野さんが戻って来たんで、ほっとしたんです。でも」
「でも?」
「ずっとフロントガラスにあの人がしがみついたまんまなんです。口からよだれを出して、すごい顔でこっち見てます」
思わず西野さんは強く急ブレーキを踏んだ。
「だめ、止めたら。また違う霊が後ろから追ってきますから、あの建物は幽霊の巣窟です。止まっちゃだめ!」
西野さんは慌てて女性記者を送った後、帰宅した。
霊がついてきたのか、家じゅうにミシミシとラップ音が鳴っていたという。
その後、廃墟の外壁の写真を現像してみると、ほとんどの写真が白くぼやけていて、霧がかかっているようだった。
霊能者に見せると、一様に、
「たくさんの霊人が窓に立っている。多分ここは霊が集まる集会所のようになっているようだ」
と答えた。霊感のある女性記者は、この企画から外れた。あの取材を行った夜以来、精神的な病に犯されたという話だった。
建物の建設が途中で止まってしまった理由として、経営するオーナーが行方不明や自殺と言う場合がある。何らかの理由で魂が入り込んでしまった建物を壊すときも、霊障が起きることがある。
取り壊せずに、行き場のない霊の巣窟と化している場合は特に。