山道(岡山県津山市) | コワイハナシ47

山道(岡山県津山市)

これは私が初めて「怪奇」に触れた時の話である。

「楽しみじゃなぁ!」

ちょうど私が小学生に入学した頃だろうか、家のお風呂が壊れてしまいお湯が出なくなったことがあった。風呂が修復するまでの一週間、我々家族は町の健康ランドに通っていたのだが、私はそこが大好きだった。

理由はいくつかあった。泳ぐ事が出来るほどの大きなお風呂、食堂のうどんが絶品、受付のおばあさんの見事なパンチパーマ、中でも私を虜にしたのは待合室に設置してあったアーケードゲームだ。

「よーし! 今回は勝つぞー!」

三人兄弟が思い思いのゲーム機にかぶりついてプレイし、お駄賃が無くなると母親の元に集合し、その後食事を済ませて帰宅といった一連の流れを毎日のように楽しんでいた。

ある日のこと、風呂上がりに湯冷めしたのか、私はあまり体調が良くなかった。

弟がいつものようにゲームをプレイしている様子を、私を心配する母親と二人で眺めていた。

「大丈夫か?」

「うん……」

空元気だった事に気が付いたのか、母親は私をぎゅっと抱き寄せた。

「ゲーム終わった! うどん食べたい!」

下の二人がお駄賃を使い切り戻ってくると、うどんをせがんだ。

「はいはい、康広は?」

「僕はええわ」

「ほんなら、ご飯食べたら早よ帰ろう」

母親は食券機へ向かった。

私の体調不良を心配する気持ちより、うどんを食べたいという気持ちが勝っているのだろう、弟たちは「もう待ちきれない」と足をバタつかせていた。

「はい、うどん」

ずるずるずるっ

母親がテーブルにうどんを置くと、「いただきます」も言わずに二人はうどんをすすり出した。

「うめぇな!」

「うん!」

子供と言うのは不思議なもので、二人がうどんを食べ切るころには何故か私の体調は全快していた。

「僕も食べたい!」

「いや、もう帰ろう」

母親は早く帰って寝た方が良いと私を治めた。

「二人食べたがん! 僕も食べたい!」

「ほんなら用意しようか?」

「やっぱり食べん」

「は?」

当時の私は天邪鬼でよく母親を困らせていたのだ。

そこからは分かりやすく「僕は不機嫌です」といった態度を表に出し、帰りの車の中の雰囲気を積極的に悪くしていった。

街灯も何もない山道を車で下っている時の事、

「お腹空いとんなら、家で何か作ろうか?」

「いらん。風呂屋のうどんが食べたい」

私のわがままに、ついに母親の堪忍袋の尾が切れた。

「降りぃ」

「えっ?」

「車から降りろ」

車は山道の中腹で停車した。

「そんなに不満があるなら降りたらええわ。一人で帰ったら?」

「ええよ! 帰っちゃるわい!」

私が降りると車は坂をどんどん下ってゆき、遂には見えなくなってしまった。

「歩いて……帰っちゃるわい……」

この辺りは、今でこそ外灯が等間隔に設置された明るい道なのだが、二十年ほど前は民家も灯りと言えるものも無く、数歩先すら見えないほど暗かった。

動物の鳴き声や時々通過する車に怯えた私は完全に後悔していた。

目が暗闇に慣れるのを待ち、とりあえず狭い歩道を少しずつ進んでいると、目の前に白い霧の様なものが現れた。

「何じゃあれ?」

当時から妖怪を探しに山へ踏み入るほど怪異が好きだった私は、先ほどまでの恐怖を忘れて、ワクワクしながら近づいて行った。

「えっ?」

近付いてみて初めて分かったのだが、霧の様なものはウヨウヨと動いていた。

やがて、紙粘土の様に徐々に形を変えて行き、気が付くと完全に人型となっていた。

「うわぁぁぁぁ!」

私は大声で叫ぶと、人型の何かに背を向け山道を必死に走って上った。

後ろを振り返ると「ソレ」はまだそこにいる。

出来るだけ距離を離そうと力一杯走っていると、後ろから車の灯りとエンジン音が聞こえた。母が運転する車が反対車線で停車していた。

「早よ乗り!」

聞き慣れた声に涙が出た。

私が乗り込むと車は猛スピードで山道を上り、数十分後には大きな県道に合流していた。

運転中ずっと手を握ってくれた母親は、

「ごめんな、ごめんな……」

とずっと泣きながら謝っていた。

何故母さんは泣いているんだろう? 当時の私にはその意味が理解出来ず、ただ手を握り返す事しか出来なかった。

あの時見た白い霧の様なものは何だったのか今だに分からないし、母親ともおよそ二十年ぶりにこの件について話したが、確かに白い人型を見たと証言している。

ただ、この怖い体験を機に私はオカルトにどっぷりハマって行った。

それから二十年あまりが経ち、私は心霊番組の裏方や恐怖体験を語るという、人に上手く説明出来ない奇妙な仕事に就いた。私をオカルトの道へと導いたのは、この体験のお陰と言っても過言ではないだろう。

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