作家のTさんが、九州の友人Aさんの家に泊まりに行った。
この家の床の間に、古いたいそう立派な琵琶が置いてある。
この琵琶はAさんのおばあさんが長らく愛用していた琵琶だった。ところがおばあさんが亡くなると、家のものは誰もこの琵琶を弾かないので、ただ床の間に置いてあるというだけのものになってしまった。
ある日、その琵琶を高い値で売ってくれ、という人が現れた。
「それでは明日届けます」と家の者が約束し、翌朝床の間を見ると琵琶が真っ二つに割れている。これじゃ、売れんわ、と、とりあえず床の間に琵琶を立てかけて、先方に売れなくなったと詫びの電話をした。
割れた琵琶は、もう捨てるしかないなと思ってまた床の間に戻ると、琵琶がもとに戻っている。不思議なことに割れていたはずの場所に継ぎ目もない。まったくもとに戻っているのだ。
「あっ、これはここに置いておけという意味やな」
と誰ともなく言いだし、この琵琶は家宝としてずっとここに置いてあるのだという。
もっと不思議なことには、親戚や友人がこの家に泊まると、真夜中に床の間から琵琶の音がするのだ。それがうっとりするような音色だというのだ。
Tさんは、そんな話をよくAさんから聞かされていたので、それを確かめに大阪から出向いてきたのである。
そして、その真夜中、Tさんは確かに美しい琵琶の音を聞いたという。