「私のせいかもしれません……私が、あんなの作ったから……」
そう、ひどく憔悴しきった顔で話す真弓さんは、東京の大手製紙会社に勤めているOLだ。都内のカフェで落ち合ったが、弱っているせいか注文したケーキにも手をつけていなかった。
数年前、真弓さんは四国のとある大学へ通っていた。その学園祭で『お化け屋敷(ゾンビハウス)』をやろうとサークルのメンバーで盛り上がったという。
取り壊す前の学生寮の三階フロアーを半分借りることもでき、学園祭の出し物にしては、大規模なものだったそうだ。
「美術部の子にも手伝ってもらって、かなり本格的に作りました。ここだけの話、親が産廃業者の子もいて資材にも困らなかったんです」
お金を得てないとはいえ、産廃業者が処理するゴミを横流しするのはどうなのか。
そのこともあり、絶対に名前や場所を特定できる名称は出さないで欲しいと強く懇願され、私はうなずいた。
真弓さんは小道具とメイキャップを担当した。使う血のりもあれこれ試行錯誤して作ったそうだ。
準備中のある日、ゾンビ役を買って出た同級生のU子さんが、どうせやるなら口からゴボッと血のりを吐こうと言い出した。お客さんをもっと驚かすことが出来ると、真弓さんもノリノリで賛成したという。
「衣装にかける血のりは、洗濯のりと緑と赤の絵の具を混ぜて作ればいいんですけど、口から吐き出す血のりは、食べられる物を使わないとダメじゃないですか。だから、はちみつや水あめ、チョコレートとか色々、U子の口に合うように試してみましたね」
最終的には、薄めた水あめと食紅の組み合わせで落ち着いたようだ。
U子さんも床がベタベタにならないようにと、何回も口から上手く血のりを出す練習をしていたという。
そして学園祭当日。
ゾンビハウスは大盛況で、順番待ちのお客さんが列をなした。U子さんの口から吐く血のりも、お客さんから凄みがあると大人気だったそうだ。
だが、三時頃に異変が起きた。お客さんを驚かすために隠れていたU子さんが、口に含んだ血のりを勢いよく吐き出し、むせはじめたのだ。
「U子が隠れていたスペースに、血のりを入れたペットボトルを三本置いといたんです。私が前日に作って冷蔵庫で冷やしておいた物です。秋でしたし、傷むような暑さじゃなかったんですよ」
ビックリした真弓さんが駆け付けると、U子さんは床に手をついて胃液まで吐いていた。真弓さんが背中をさすると、真っ青な顔で「血の味がした」と訴えてきた。
「私もすぐに、血のりを口に含んでみました。でも、全然血の味なんかしなかったんです」
他のスタッフのR美にも試してもらったが、やはり甘い味しかしない普通の血のりだったそうだ。
その日のゾンビハウスは中止され、苦しんでいるU子さんをすぐに医務室まで連れていったという。
そして、二日目と三日目は血のりなしで行われたが、U子さんは寝込んでしまい、学園祭にもこなかった。スタッフ全員、U子さんのことをとても心配していたが、全員でお見舞いに行くと迷惑になるからと、とりあえず真弓さんとR美さんの二人で様子を見にいったそうだ。
「R美を連れて行ったのは、あのときの血のりを試してもらったからです。私がわざと、変な味にしたんじゃないかって、U子が誤解してると嫌だから……」
実際、ベッドに横になっていたU子さんは、真弓さんを見ると複雑な顔をしたそうだ。真弓さんは、とにかく血のりの説明をした。R美も異変は感じなかったことを告げても、U子さんは納得してないような様子だったという。
「U子は言ったんです。あれから、水以外飲めなくなったって。色のついた液体を見ると吐き気がするって。仕方ないから一応謝ったけど、納得できなかったんですよね。だって、私もR美も大丈夫だったんですよ。U子の思い過ごしだって、あのときは他のみんなも、そう言ってましたから」
それからU子さんは、大学も休みがちになりサークルも辞めた。そしてみるみるうちに痩せていったそうだ。
「拒食症みたいになったって噂で聞きました。私は……どうしていいか分からなくなっちゃって。U子とも、疎遠になっていましたし」
U子さんは入退院をくり返し、三ヶ月前に亡くなったそうだ。真弓さんは同級生から訃報を知らされたが、葬式には参列しなかったという。
「どんな顔して彼女に会えばいいのか、分からなかったんです」と、真弓さんはため息をついた。
確かに真弓さんが悪い訳じゃないけど、気に病むのは分かる。私が、どう言葉をかけていいか迷っていると、真弓さんがまた口を開いた。
「そのせいでバチが当たったかもしれません」
バチ? 気に病んでいることだろうか?
真弓さんは何かを振り切ったように、急に早口で語り出した。
「私も色のついた飲み物が、飲めなくなってきたんです。最初はトマトジュースがダメでした。よくスーパーとかにペットボトルで並んでますよね? あの色を見ると吐き気がするんです。次にオレンジジュースを飲んだときに……」
真弓さんは、まっすぐに私の目を見ていった。
「血の味がしたんです。口いっぱいに、生臭い鉄の味が……」
それ以来、真弓さんはコーヒーもお茶も飲めなくなったそうだ。そう言えばケーキは頼んでいたが、飲み物は注文していなかった。
U子の呪いでしょうか、それとも、あのお化け屋敷からの呪いなんでしょうか。そう真弓さんは、独り言のようにつぶやいていた。(了)