二〇一六年の夏、大阪・道頓堀で『中山市朗監督 人形塚の家 本当にあった呪いの人形』と題されたお化け屋敷が、期間限定でオープンした。
中山氏は『新耳袋』シリーズなど多くの怪異作品を手掛けている作家である。
同氏から人形塚の家で起きた数々の怪異現象を取材してきた。
この話をする前にまず、くだんのお化け屋敷のストーリーを紹介したい。
怪談作家のN氏が失跡した。その原因はわからない。
ただ、N氏は呪われた人形に関する怪談を執筆するために、数々の人形を蒐集し、そのころから精神を病んでいたという。
絶筆となった原稿は『人形塚の家』。
そこには、自らが体験したおぞましい呪いの人形の物語が書かれ、謎のビデオメッセージも残されていた。
この呪いは、放っておけば確実に拡散し、犠牲者を増やすだろう。
このことに関わってしまったあなたは、呪われる前にこれを解かなければならない……。
目次
中山市朗監督「人形塚の家」 その一 イワクツキ人形
物語に出てくる怪談作家N氏のモデルは、もちろん中山氏である。アトラクション内には実際に中山氏の書斎を模した部屋が作られ、来場客はその部屋に置かれている呪われた人形を手に入れなければならない。そしてその呪いを解くため、用意された人形塚に置いて供養するというミッションが与えられていた。
展示してある数多くの人形たちの中に、本物の『イワクツキ人形』があったという。それらは全て中山氏が集めてきたものだ。
「ある劇団からフランス人形を借りてきたんです。そこも以前、お化け屋敷をやったことがあって。で、開催中もその人形にまつわる怪異なことが、たくさん起きたって話してましたね」
フランス人形の大きさはまちまちで、小さいものから両腕で抱えるほどの大きなものまであった。それらはみな、お化け屋敷で展示されていただけあって、顔が半分焼けただれていたり、腕がねじ切れたものであったりと、非常に不気味な雰囲気をかもしだしていたという。
「九体借りる予定だったんです。でも、到着して数えてみたら十体あった。それで劇団に尋ねてみたらね、その人形、たまに増えたりするので、十体あっても九体ってことにしといて下さいって言われたんですよ」
その劇団のお化け屋敷開催中、展示してあったフランス人形が日に日に減っていくという怪異が起きていた。誰かに盗まれた訳ではない。そして残ったフランス人形を数えてみると九体であった。しかし、別の日にまた見てみると九体から十一体に増えていたそうだ。また、そのフランス人形は、なぜか九体からは減らないらしい。
「だから、十一体でも十二体に増えても、返却時には九体になって返却されますから、気にしないでください」と言われたと中山氏。ところが中山氏はこうも言う。
「もっともそういう人形を、今回のお化け屋敷に集めるのが意図だったわけですが」
人形塚の家の開催中も、そのフランス人形たちは九体から十二体ぐらい、日によって増えたり減ったりしたそうだ。
「不思議なんですけどねえ、やっぱり九体からは減らないんですよ。それと、どの人形が減ったり増えたりするのか確認しようとしても、誰も分からない。毎日チェックしてるはずなのに、ですよ」
またフランス人形の写真を撮るときも苦労したという。なかなか写真が撮れなかっただけでなく、パソコンに取り込もうとするとフリーズしたり、真っ黒な画面に変わったりと、怪奇現象が続いたそうだ。
それ以外の人形にも、異変は起きた。
「お客さんのミッションの話をしたでしょ。私の書斎から人形を取って、人形塚に置いてくるっていう。そのことなんだけどね」
元々、その部屋にはお化け役のスタッフが隠れていた。お客が人形を手にした瞬間、飛び出してきて脅かすという手法だ。
その日も、いつものようにスタッフはスタンバイしていたという。
だが、入ってきた客の行動が少し変だった。普段ならすぐに人形を取るはずなのに、何かを探しているかのようにキョロキョロと首を動かしている。そして人形を取らずに部屋を出て行ってしまった。そして廊下にいたスタッフに、「あの、人形ってどこにあるんですか?」と聞いてきたそうだ。
そのスタッフもすぐに部屋に行き確認したが、人形は忽然と消えていたという。毎回、所定の場所にちゃんとセッティングしていたのに、だ。
「そんなことが何度かあってね。その人形? いやいや、壊れても問題ないような安い日本人形ですよ。それにミッションに使うものだから、〝イワクツキ〟じゃマズいでしょ」
その他にも展示してあった他の人形が、知らぬ間に移動していたこともあった。まるで勝手に歩いていったかのように、位置が変わっていたことがたびたびあったそうだ。
あまたある禍々しい出来事のなかでも、一番背筋がゾッとしたのは『生き人形』の話である。
「Aさんという方から、男の子の日本人形を借りてきてね。座っている姿でひと抱えぐらいある大きな人形なんだけど。風貌はそうだなあ、特にグロテスクでも何でもない、普通の人形って言えばいいのかなあ……」
しかし、本物の子供のような気がして気持ちが悪い。
開催時、見慣れているはずのスタッフでも、ふとその人形を見ると大抵はハッとした顔で驚いていたという。本当に生きている小さな男の子に見えるようだ。
その男の子の人形は、代々Aさんの家で引き継がれてきたが、出所は一切不明だそうだ。
「うわぁ! って叫んでた人もいたからね。ただ座ってるだけなんだけど、本当に息をしてるかのように見えるから」
人形塚の家の開催が終了したあとも、中山氏はあるラジオ番組の仕事のため、しばらく人形を預かっていた。
そのラジオ局に人形を持って行く途中での話だ。
タクシーを拾った中山氏は、M子さんというスタッフの方と一緒に後部座席に座った。男の子の人形はM子さんのひざの上に置いていたという。
すると運転手が、心配そうな声で話しかけてきた。
「さっきね、ペットのワンちゃんが具合悪いっていうお客さんを、動物病院に連れていったんですよ。犬の臭いするでしょ? お子さん、大丈夫ですかね? 気分悪くなったりしないですか?」
お子さん……。
どうやら運転手も子供と間違えているようだ。中山氏がこれは人形だと告げると、凝視して「ほんまに人形ですね!」とかなり驚いていたという。彼は、中山氏とM子さんが夫婦で、乗る前から奥さんが子供を抱いていたと勘違いしていたそうだ。
中山氏のブログにその人形の写真がアップされていると聞き、私も取材後に拝見した。
同氏の書斎での宴席、その座の片隅にちょこんと座る彼がいた。
真っ白い肌、つぶらな瞳、少し開いているかのようなおちょぼ口。何枚か載っているのだが、角度によっては微笑んでいるようにも不機嫌そうにも見える。特にラジオ局での一枚は、「なんで僕ここにいるの? 早く帰りたい」と、ご機嫌ななめな様子で写っている。
そう、場面によって表情が変わっているように見えるのだ。私の思い過ごしかもしれないが、これはヤバい……。
ただ、ずっと写真で観察していたせいか、私にはこの男の子の寂しさが分かるような気がした。これも、気のせいかもしれないが。(了)
中山市朗監督「人形塚の家」 その二 音
人形塚の家の開催中、アトラクションの営業時間終了後に連日、中山氏主催で怪談サロンを開いていた。
その名も『怪談の魔』。
お化け屋敷内にあるお客様の待合室に畳をひき、おおよそ二十二、三人は入れる広さで催されたという。
「毎回様々なゲストを呼んでね。怖い体験談なんかを、みんなで話をしていくんだけど、そこでも色々あったねえ」
サロン開催中は、アトラクション内にお客様が間違って入らないよう、きちんと戸締りをしていたという。もちろんスタッフも全員、外に出ていた。
「でもね、ある日、中からドンドンドンッて、誰かが壁を殴ってるみたいな音が聞こえてきて。これはおかしいって、後から音がした壁の内側を調べてみた。そしたらコンクリートの壁だったわけです。そう、コンクリートで、しかも厚みがあるから、中から人がいくら叩いても外には聞こえないんですよね」
違う日にも、コンコンコンッとドアをノックしているかのような音や、アトラクション入口とサロン会場内を仕切っている暗幕の下から、誰かが歩いているような影が、すーっと通り過ぎたこともあるという。
「他にもまだありますよ。あっそうだ、うちのM子が録音しようとしたことがあったんです。内側からずっと、壁をカリカリカリって爪で引っ掻いてるような音がして。でもね、スマホで録音しようとしたらピタリと止まったって言ってましたね」
そして迎えた最終日。
「怪談会の途中で、ドーンってものすごい大きな音がしたみたいです。人が倒れたような感じの。私は全然聞こえなかったんですけど、お客さんの半分くらいかな、ちゃんと聞こえてたみたいでね。で、後から見てみたら……」
受付とお化け屋敷内を仕切っている、鉄製のトタン板がぼこりと山のようにふくらんでいた。まるで内側から大きな力で叩いたか、もしくは何かをぶつけて作ったようなふくらみだった。
他のスタッフも、いつからトタン板がこうなっていたのか誰も分からない。そして裏側はお化け屋敷内の通路である。その通路の壁はベニヤ板でできている。
中山氏はちゃんとそこも確認したが、全くへこんでいなかったという。
「ベニヤ板の前にトタン板を立ててたんです。要するに、その隙間にも人が入れないんですよ。でもね、トタン板は山型に盛り上がって剥がれていたとこもあったからね」
そのトタン板の写真もブログにアップされている。何かの力がなければ、ああはならないと思う。さながら、誰もいなくなったお化け屋敷で呪いの人形たちが騒いでいるように感じた。
そして中山氏からこんな話もうかがった。
「オープン前にね、ある神社に依頼してお祓いをしました。この手の映像関係者の中では有名なとこです。で、来てくれた宮司さんが会場内を回るわけですよ。そしたら、必ずイワクツキの人形の前で止まるんです。ああ、この人形ですねって。分かる人には分かるんですよねえ」
宮司さんは、お化け屋敷だから全てを祓ってしまうと面白くないでしょ、と中途半端(?)にお祓いをしてくれたそうだ。さすがである。それにより様々な怪異が起きたのかもしれない。
中山氏は、まだまだ話していないことがたくさんあると語っていた。これからも秘められた多くの恐怖が発表されるであろう。とても楽しみである。(了)