右目(広島県) | コワイハナシ47

右目(広島県)

「子供の頃から、お化け屋敷を作るのが夢じゃったけん、その情熱は誰にも負けん、そう思うとります」

熱くそう語ってくれたのは、広島県で美術講師をしている村上渚さんだ。

大人になった彼女はその夢を叶え、『ゾンビナイト』と『呪いのビー玉』というタイトルのお化け屋敷を次々に作成し、地元の復興に貢献している。

これから紹介する内容は彼女が『呪いのビー玉』の作成中、実際に体験した話である。

二〇一五年に『ゾンビナイト』というイベントを成功させた渚さんは、今度は本格的な日本のお化け屋敷を作ろうと計画していた。

そんなある日、彼女は県内のとある児童館を訪ねた。

その児童館では、その昔、毎年夏になるとお化け屋敷を開催していたという。

「でもその頃、広島で酷い事件が起きたんです」

幼女が変質者に襲われ惨殺された事件だ。そしてその年の児童館のお化け屋敷のストーリーが、『一人でお化け屋敷に入った少女がいなくなった』というものであったため、お化け屋敷の開催は、それ以降自粛されることになった。

児童館を訪れた渚さんは、体育館の地下を見て驚いた。当時のお化け屋敷で使う予定だった道具が、そのまま綺麗な状態で残っていたからだ。

渚さんはそれらの道具を見て『呪いのビー玉』のコンセプトを閃いたそうだ。

あの忌まわしい事件から、かなり年月が経っている。あのとき自粛されたお化け屋敷のストーリーも活用して、この体育館にある道具も使えたら、すごいお化け屋敷ができるのではないかと考えたという。

そして彼女は『呪いのビー玉』の作成に入った。

そのストーリーを先に紹介する。

ある小学校で、おばけやしきを、みんなで作りました。

おばけやしきのタイトルは『のろいのビー玉』

しかし、ひとりの女の子が、おばけやしきの中から出てこなくなりました。

さがしてもさがしても、見つかることはありませんでした。

おばけやしきは中止となり、

その小学校では、おばけやしきをやらなくなりました。

年月がたち、その小学校にずっと置いてあった

おばけやしきの道具をすてることにしました。

しかし、それはもったいないと、その道具を使って

横川えびす神社で、おばけやしきをやろうということになりました。

すると、そのおばけやしきで

おかしなことがおこりはじめた……。

来場したお客様には女の子の霊を成仏させるため、入口で渡されたビー玉を〝ほこら〟に置いてくるというミッションが与えられていた。それも、単に置いてくるだけでなく謎解きも含まれていたという。

また、このお化け屋敷の製作費はわずか十万円だったそうだ。

私は『呪いのビー玉』の資料を見せてもらったが、十万円で作ったとは思えないほど、本格的な出来栄えだった。

「でも製作中から、いろんなことがありましたよ」と、渚さんは苦笑いをした。

まず、スタッフの一人が原因不明の高熱を出し寝込んでしまった。それから、別のスタッフが腰を痛めて入院、ついには離婚してしまった人もいたという。

ゾンビナイトのときと違い、あまりにも色々なことがありすぎる。

そう感じた渚さんはすぐにお祓いをしてもらい、開催中の二日間は何事もなく無事に終わったと、話してくれた。

「ただ、問題はその後に起きたんです」

終了してからすぐ、渚さんの右目の下の部分にめぼ(ものもらい)ができた。

生まれて初めてできたそうだが、最初はさほど心配していなかったらしい。

「眼科に行ったら、すぐに治ったんです。でもその後すぐ、まためぼができて」

今度は右目の横にできた。

渚さんはまた病院で診てもらい今度は強い薬をもらってきたが、またすぐに次のめぼができたしまった。

三回目のめぼは、右目の上部にできたという。

「ものすごく腫れたんです。化粧でも誤魔化せないぐらいに」

医者もこんなに短期間でめぼができる人は珍しいと、首を傾げていたという。

「下、横、上の順番にできて。ちょっどめぼが、右目をぐるっと一周した感じですよね。それに今は治っているけど、また再発するんじゃないかって心配してるんです」

渚さんはそう話すと、私に一枚の画像を見せた。

『呪いのビー玉』のポスターだ。

ポスターにアップで写っている女の子の右目からは、赤い血が流れている。

渚さんの右目と何か関係しているような気がするのは、私だけではないはずだ。(了)

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