わらべ唄 その一 子守唄(東北地方) | コワイハナシ47

わらべ唄 その一 子守唄(東北地方)

東京の大学に通っている下村大地さんは、東北地方の出身だ。

当時まだ中学生だった下村さんの学校では、地元の遊園地のお化け屋敷に、本物の幽霊が出るという噂があった。

なんでも展示されているたくさんの人形たちの間に、中年男性の霊が紛れているのだそうだ。

その話を同級生のサトシから聞いた下村さんは、次の日の学校の帰りに、さっそく二人でお化け屋敷に行ってみることにした。写真を撮って、クラスのみんなに自慢しようと盛り上がったのだ。

そして遊園地に行く道すがら、サトシはこんな話をする。

「その幽霊って男だけにしか、見えないらしいよ」

「それって……もしかして男の前にだけ現れるってこと?」

「うん。女だけのグループだと、出てこないって」

更に詳しく聞いてみると、その男の霊は、十代前半ぐらいの男の子の前にしか現れないらしい。その話を聞いた下村さんは、ゾッとした。

「嫌な予感がする……やっぱり、入るのやめない?」

お化け屋敷の入り口を前に、下村さんはこわごわと口を開いた。

「何だよ、ビビッてんのか?」

「いや、そうじゃないけど……」下村さんはサトシにそう強がってみせたが、怖さのあまり足がつい、すくんでしまう。

「大丈夫だって。入場料も払ったんだし、勿体ないだろ」

そう意気揚々と入って行くサトシの後を、下村さんは渋々ついて行くしかなかった。

この遊園地のお化け屋敷はウォークスルー型と呼ばれる、客が決まった順路を進むという、お化け屋敷の中では最も多い一般的なものだ。

まるでアルプスの山の中にあるようなロッジを模した館内には、客を驚かす仕掛けが、あちらこちらに備わっている。

そして二人が、牙を剥きだしたガーゴイルのような彫刻の前を通り過ぎたところで、急にBGMが止まった。

あぐーあぐ、ぐ、ぐ、ぐあぐあぐあぐー

突然、変な節がついた男の声が聞こえてきた。それはうなっているような、なにかの唱を歌っているかのような、どちらとも取れない奇妙な声だった。

驚いた下村さんたちは足を止め、辺りを見回した。すると、展示されている人形たちの間に、人のような影が見えた。

館内は仄暗く、目を凝らしても人の姿はハッキリとは見えなかったが、また、あの不気味な声が響いてきた。

あぐ……あ、あ、あーぐあぐーあぐー

怖くなった下村さんは、すぐさま逃げようとサトシを振り返ったが、なんとサトシは持ってきたデジカメで、人影の方を撮影していた。

「何やってんだ! 早く逃げるぞっ!」

下村さんは無理やりサトシの手を引いて、一目散にその場から逃げた。出口に向かうまでにも、その男の奇妙な声は続いていたという。

お化け屋敷から無事に出てきた下村さんたちは、怖かったがとりあえずデジカメで撮った写真を見ることにした。先ほどの男の声は音響機材が壊れ、BGMが変な風に流れたものではないか。人影らしき物も人形の影ではないかと疑ったからだ。

しかしデジカメには、はっきりと人形たちの間に男の顔が写っていた。

男はニヤニヤと笑いながら、下村さんたちを眺めているように見える。

「これ、マズイよ。早く消したほうがいい」

そう下村さんはサトシに訴えたが、彼は明日みんなに見せて自慢すると、写真を消さずに持って帰ってしまった。

だが次の日、サトシは学校に来なかった。

心配した下村さんは、帰りにサトシの家を訪ねたが、玄関口に出てきたお母さんに「熱が出て、ずっと寝ているのよ」と告げられ、話をすることもできなかった。

それから三日経っても四日経っても、サトシは学校を休み続けた。

やはり写真を処分しなかったサトシに、霊が憑りついたのではないかと気が気でない下村さんは、もう一度、サトシの自宅を訪ねてみた。

そして下村さんは。思い切ってサトシのお母さんに全てを打ち明けた。

お母さんは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに納得がいった顔で様子を話してくれた。

あの日以来、サトシは寝食を忘れたようにデジカメに写っている写真を眺め、ずっと何かを歌っているというのだ。心配した家族は、無理やり精神科に連れて行ったが、医者も首をひねるばかりで病名もはっきり分からなくて困っていたと話した。

そして、今は薬が効いているから落ち着いているとお母さんに連れられ、サトシの部屋に入った下村さんは驚いた。ベッドに座っているサトシは、デジカメの写真を眺めながら、蚊の鳴くような声で繰り返し唄を歌っていたのだ。

かれっこ燃えで

とっくり返して燃えで

みそっこつけで

アグアグアグ

この唄は鰈(かれい)を焼いて味噌をつけて食べる真似をするという、この地方で古くから伝わる、遊ばせ唄だ。

下村さんはこの唄を聞いて、お化け屋敷の男の「あぐ、あぐー」という声を思い出していた。あのうなり声とも唱を歌っているとも判断できなかった不気味な調べは、この子守唄だったのだ。

なぜ男の幽霊とサトシがこの唄を歌うのか分からないまま、下村さんは自宅に戻った。サトシのお母さんは、すぐに知り合いの霊媒師に視てもらうと言っていたから、何とかなるだろうと少し安心していた矢先、事件は起きた。

サトシが自分の部屋に火をつけ、焼身自殺を図った。

その知らせを聞いた下村さんは、すぐにサトシが入院している病院に向かった。幸い、お母さんがすぐに気が付き火を消したため、サトシも軽い火傷ですみ、家のほうも大事には至らなかったという。

病室でぐっすり寝ているサトシを前に、お母さんは下村さんに今までの経緯を語ってくれた。

下村さんが帰ったあと、お母さんはすぐに男性の霊媒師に連絡をとり、その日のうちに来て貰った。サトシの様子とデジカメに写った男の心霊写真をみた霊媒師は、すぐに嫌な顔をした。

「これは、難しいなぁ……」

「無理ってことですか?」

「とりあえずお祓いはするけど、あくまでも応急処置だと思ってほしい」

霊媒師の見立てだと、この男の霊は別れた一人息子を求め、かなり前からこの周辺をさまよっていた幽霊だという。

男は自分の経営していた会社が潰れ、妻子に逃げられた。そのときまだ小さかった息子を思い、子守唄を歌っていたのだろう。サトシに憑りついたのも、どこかサトシがこの男の息子に似ていたところがあったのでは、と語っていた。

だが、長年蓄積された男の執念は強く邪悪で、自分の力では祓えるかどうか怪しいと考えていたようだった。

「でも、このままだと命取られるね」

「どうにかしてください! あの子のためなら、何でもしますから」

霊媒師は頷くと、お浄めのためにお経を唱えながら部屋中に塩をまいていった。そして霊を浄化すると言って、持って来た酒をサトシさんに振りかけながら、儀式をはじめた。

それから三時間。

浄化の儀式が終わると霊媒師は「やっぱり、強いな……」と呟いた。

霊力の弱い低級霊だと、儀式がはじまった途端に暴れ出すという。

だが儀式の最中、サトシさんはピクリとも動かなかった。これは男の霊力が強い証拠だと語った。

「今日から一週間は大丈夫だと思う。一週間過ぎて何かあったらすぐ連絡して」と、霊媒師は男の霊が写っている写真を、デジカメごと持って帰って行った。

そこから一週間は、サトシさんも落ち着いていた。ボーッとしていることが多かったが、特に心霊写真の話をすることもなく、子守唄も歌うこともなかった。

しかし、お祓いから数えて九日目に、サトシさんは男の写真がないと急に暴れ出した。

そしてお母さんが目を離しているうちに、自分の部屋に火をつけたのだ。

サトシが退院したら、霊媒師の紹介でO市にある寺に行くつもりだ。そこで除霊をしてもらうと、お母さんは下村さんに語っていたという。

それからサトシの家族はO市に引っ越してしまい、連絡も途絶えてしまった。

ただ下村さんの実家の近所の人から聞いた話だと、現在サトシは元気に地元の大学に通っているらしい。

男の霊が成仏したかどうか、下村さんは知らない。

だがあれ以来、あのお化け屋敷に幽霊が出るという噂は、ピタリと止んだと話してくれた。(了)

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