わらべ唄 その二 お手玉唄(東北地方) | コワイハナシ47

わらべ唄 その二 お手玉唄(東北地方)

「子供たちの間でまことしやかに伝えられる怖い話は、どこも同じようなものだと思いますよ」東北のとある田舎町に住む、奥原香織さんはそう苦笑いする。

香織さんが小学生の頃の話だ。

隣町にある野外博物館の水車小屋で『座敷わらし』が出ると、学校で話題になった。

どうしても座敷わらしに会いたかった香織さんは、親に内緒で友達のチエコちゃんを誘い、少し遠かったが自転車でその博物館まで遊びに行った。

その野外博物館は、その地方の昔ながらの山里の風景を再現した施設で、南部曲り家という古民家を移築して作られている。広い園内には、資料博物館の他に炭火小屋や陶芸館、木工館など、多種多様な体験ができる建物も揃っている。

そして、営業時間は夕方五時までだ。

座敷わらしは人がいると出てこないと噂されていたため、香織さんは閉園後も隠れて、人がいなくなってから水車小屋をのぞこうと企んだのだ。

当時まだ四年生だった香織さんは、チエコちゃんと示し合わせて、お互いの家で夕飯を食べてくると親たちに嘘をついて出てきた。園内は緑が多く、時間がくるまで香織さんたちは、木々の間に隠れてやりすごしていた。

夕日がさし、閉園時間を告げるアナウンスが流れ、しばらく待ってから香織さんたちはそっと水車小屋まで移動した。

しかし、いくら待っても座敷わらしは現れなかった。

「出てこないねぇ」

「しっ! 大きな声だしたら見つかるよ」

そんなことを話しながらずっと隠れて水車小屋を見ていると、辺りはだんだん暗くなり、ついにチエコちゃんが泣き出してしまった。

「お腹すいたし、もう疲れたよう」

香織さんもつられて泣きそうになった。その時、水車小屋の中から女の子の歌声が聞こえてきたという。

おやまだこえて

おひとつ、おひとつ

おまくらかえして

おってん ぱらりん

この地方に古くから伝わるお手玉唄だ。

香織さんは隣の市に住むお婆ちゃんからお手玉を習ったときに、この唄も教えてもらっていたのですぐに分かった。きっと水車小屋の中で、座敷わらしがお手玉で遊んでいるに違いない。香織さんとチエコちゃんは目を輝かせ、中にいる座敷わらしに気付かれないように、そっとわずかに開いている扉からのぞいてみた。

すると室内には、赤いボロ布を幾重にも重ねて着ている、先端に顔らしき丸みのついた古そうな木の人形が置かれていた。そして不思議なことに、その人形には腕が付いていないにも関わらず、お手玉をしているかのように、二つの玉をポンポンとリズム良く空中にはじき上げていた。

驚きのあまり声も出せなかった香織さんであったが、その人形が『おしら様』だとすぐに分かった。

おしら様は古くからこの地方で信仰されている家の守り神だ。地域によって、蚕の神、農業の神、馬の神と、様々な顔を持つ神様でもある。そのご神体の多くは、桑の木一尺(約三十センチメートル)で作られた人形で、男と女の組み合わせや、馬と娘、馬と男などの二体一組で、家に祀られることが多い。

しかし、目の前のおしら様に似ている人形は、一体しかない。

香織さんの家はなかったが、お婆ちゃんの家にあるおしら様は、やはり男女を模した人形神二体であった。普段は大きな桐の箱に大切に保管されているが、特別に見せてもらったことがある。

そしてこの時、香織さんはお婆ちゃんから聞いていた、おしら様を祀る上での禁忌事項も思い出していた。

おしら様は二足と四足の動物を嫌い、その動物の肉や卵をお供えしてはいけない。また、一度拝んだらちゃんと決まった日に拝み続けなければならない、とお婆ちゃんは言っていた。

更におしら様は、大事にしていると大抵の願い事は叶えてくれるが、禁忌を破ると怒って大変なことになる、ということもお婆ちゃんは教えてくれた。

だが、実は香織さんはここに来る少し前の日に、お婆ちゃんに内緒でおしら様を箱から出して拝んでしまっていた。苦手な跳び箱を克服できるよう、一所懸命お祈りしたのだ。

現在の香織さんのスラッとした容姿からは想像しにくいが、香織さんは小学生の頃、太っていて運動が苦手だったという。

そして、いつも体育の時間にからかってくる男子が嫌でたまらなく、禁忌事項は知っていたが、藁にもすがる思いでお願いをしてしまったと話してくれた。

しかし、おしら様にお願いしても跳び箱を跳べなかった香織さんは、今度は座敷わらしに会って願いを叶えてもらおうと、この博物館に来たのだった。

でも、いま目の前にいる人形は、どう見ても座敷わらしではない。そしてあの日以来、お婆ちゃんの家に行っていない香織さんは、おしら様をちゃんと拝んではいなかったのだ。

「……香織ちゃん?」

小声でチエコちゃんから声をかけられ、香織さんはハッと我に返った。おしら様を見ると、先ほどと変わらず唄を歌いながら、まだお手玉を続けている。

びっきもおさらす おさらす

おさらす おにげんせ

おにげんせ おにげんせ

香織さんによると、この歌詞は『びっき(蛙)も出てきた。お逃げんせ(お逃げなさい)』という内容だそうだ。

一見、何のたわいもない普通のわらべ唄に思えるが、その時の香織さんにとっては『お逃げなさい』と繰り返される歌詞が、とにかく怖かったと語ってくれた。

早く逃げないと駄目だ。

そう思うほど、恐怖で足が動かなくなっていた香織さんは、震えのあまり水車小屋の壁に立てかけられていたホウキを倒してしまった。

すると、おしら様は歌うのを止め、香織さんたちの方へ、ギッギッギ、と音をたてながらゆっくりと顔を向け始めた。彫刻刀で線を付けただけの顔が徐々に見えてくる。

香織さんたちは悲鳴を上げたかったが、声も出なかったという。

とにかく二人は無我夢中で、その場から走って逃げた。

そして、どこをどう走ったのかも覚えていないが、無事に自転車を置いていた所まで戻ると、香織さんとチエコちゃんの両親が、心配した顔で彼女たちを待っていたという。

香織さんたちの嘘はすぐにばれ、香織さんが最近この博物館のことをよく話していたことを思い出した母親が皆に知らせ、車で探しにきてくれたのだった。

両親からこってり絞られた香織さんは、その後、お婆ちゃんの家にも行って今までの経緯を話し、勝手におしら様を出したことを謝った。

「あれから、おしら様を全然拝んでなかったから、バチが当たったかもしれない……」

そう香織さんがしょげていると、お婆ちゃんはすぐにそれは違うと教えてくれた。

「おしら様はね、おらたちがちゃんと拝んでるから大丈夫よ。それに、おしら様は怒ると怖いけど、ほだなことはしねえ。多分、狐に化されたんだな」

と、笑って話してくれたという。

それからの香織さんには、祟りや霊障などの恐ろしい現象は何も起きてはいない。そしてその博物館にも、相変わらず座敷わらしが出るという噂はあったが、おしら様に関する話は何も出なかったという。

事の真偽は分からないが、香織さんはお婆ちゃんの言う通り、狐に化かされたのかもしれない。(了)

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