なんばしょっとね(大阪府) | コワイハナシ47

なんばしょっとね(大阪府)

「会いたかった」という想いを伝えたいのは、もちろん死者だけではない。

大阪で内装工事を手掛ける国崎さんは、あるお化け屋敷の施工に入っていた。

その日の作業も順調に進み、夕方五時過ぎには終了した。

だが帰宅した国崎さんは、彼女に渡すプレゼントをうっかり現場に忘れてきたことに気付いたという。

「あの日は、彼女の誕生日だったんです。時間がなくてね、休み時間に急いで買いに走りましたよ」

そして彼女の誕生日を祝うため、彼は奮発して人気のフレンチを予約していた。わざわざ一回帰宅したのも、作業着から一張羅のスーツに着替えるためだ。

「迷いましたねえ。戻ったら待ち合わせの時間に間に合わない。でもプレゼントがないと恰好つかないじゃないですか。だから彼女に遅れるって連絡入れて、現場に急いで戻ったんですけど……」

彼はドアを開けてすぐ異様な臭いを嗅いだ。室内には強烈なアンモニア臭が漂っていた。内装工事中によくあるシンナーの匂いなら理解できるが、この公衆便所のような臭いは何が原因なのか全く分からなかったそうだ。

国崎さんはとにかく臭いの元を確かめようと、電気のスイッチを何回も押してみたが、不思議と灯りもつかなかったという。

まさか誰かが侵入してイタズラしたのだろうか、でも鍵はかかっていたし、窓も壊されていない。そう考えているうちに国崎さんの目が慣れてきた。彼は手さぐりで懐中電灯を探すと、そのまま奥に進んで行った。

そしてしばらく進むと、通路の真ん中に小さな丸い塊が落ちているのが見えた。

ネズミの死骸かと思いライトを当て目をこらしてよく見てみると、その赤茶色の物体は半分解けているかのように表面がベチャッとしていた。そして微かであったがウネウネと動いている。ときどきブシューブシューと音を立て、臭気を放っているようだった。

これは何だ。何か得体のしれない小動物が弱っているのか。

国崎さんは気味が悪かったが床に置いてあった角材で、それを突いてみた。

「なんばしよっとね!」

いきなり老婆の怒鳴り声が聞こえた。その大声に驚いていると、その物体がバンッと勢いよく音を立てて消えてしまった。爆発したのかと思った彼は、後で残骸が残っていないか探したが、壁にも床にも何も付着していなかったという。

「いやー、心臓が止まるかと思うほどビックリしました。しばらくは放心状態でしたね。で、ちょっとして部屋の灯りがついて、我に返ったんですよ」

さっきの怒鳴り声は母親の声じゃないか。

福岡出身の国崎さんは子供の頃、悪さをするたび母親から「なんばしよっとね!」と怒られていたそうだ。それを思い出した国崎さんは、すぐに母親に電話をしたという。

「父は四年前に亡くなり、母は一人で暮らしていたんです。だから何かあったんじゃないかって心配になって。だけど電話に出た母親はケロッとしてました。僕が慌てて電話したもんだから『なに言うてるん?』って不思議そうな声で聞いてきましたよ」

そのときの国崎さんは、あの赤茶色の物体が何だったのか全くわかっていなかったそうだ。

そしてその週末、国崎さんは彼女と一緒に久しぶりに実家に帰省した。

初めて彼女に会った母親は、将来のお嫁さんがきたととても喜んでくれた。国崎さんも相変わらず元気な母親を見て安心したという。

そして初日の夕食後、母親はアルバムを出してきた。彼女に国崎さんの幼少時代の写真を見せるためだ。

みんなで笑いながらアルバムを見ているとページの最後に、国崎さんが今まで手掛けてきたお店の内装の写真がたくさん貼られていた。

「毎回、完成したらスマホで撮って母親に送っていました。でも、プリントをしているなんて全然知らなかったんです。大事に思ってくれているんだなって、柄にもなくジーンときちゃいましてね」

男は仕事が一番、一人前になるまで帰ってくるな。いつも口癖のようにそう話していた母親であったがやはり寂しかったんじゃないかと、そのときの国崎さんは思ったそうだ。

「まあ、自分の妄想かもしれませんが、あの赤茶色の物体って母の想いが具現化したものじゃないかと、勝手にそう思ってるんですよ」

そして現在、国崎さんは彼女と結婚して大阪に二世帯住宅を建て、母親とも一緒に暮らしている。

今回は良い話で終わりそうだな。

私が帰る準備を始めようとすると、彼は「でも、それが間違いの元だったんですよねえ」と、大きなため息をついた。

「妻と母の仲がこじれちゃって……喧嘩するたび母が出すんですよ、例の物体を。だから聞かなくてもまた何かあったなって分かります。そして今度は妻も、出してるようなんです」

ちなみに奥さんが出す物体は『紫色』だそうだ。

紫色のベチャッとした物体が、ブシューブシューと不満をまき散らしている様子が目に浮かぶ。

げに恐ろしきは、女の情念である。(了)

シェアする

フォローする