思えばこれは、私が中学生の頃、ある転校生から聞かされた奇妙な話が発端であった。
目次
黒い男たち その一(東京都)
その友人が前いた学校に、UFOが三度の飯より好きというT君という男の子がいたという。UFOに関する雑誌や単行本はたいてい持っている、カメラを持ち歩いていて、空を一日中眺めている、そんな子だったらしい。
ある日、登校するとT君がえらくはしゃいでいる。
「すごいもんを撮ったぞ!これは本当にすごいぞ!現像が出来たらお前らにも見せてやるからな」と声高らかになにやら自慢している。T君の手の中にはフィルム・ケースに入った未現像フィルムがある。どうやらUFOの決定的写真を撮ったらしい。
ともかくその日はT君のUFO撮影話で持ちきりだったという。
ところが、翌日からT君は学校に来なくなった。その次の日も、その次の日も……。
数日後、担任の先生から「T君が行方不明になって、家族の方から捜索願いが出された」と聞かされた。そしてそれ以後、いまだにT君の姿を見たものはいないのだという。
その友人はT君とずいぶん親しくしていたので、一度お母さんと話をしたらしい。
するとこんな話を聞かされた。
T君が姿をくらます直前のことだ。
その日の夕方近く、玄関先に見知らぬ男がT君を訪ねてきたという。
二人組の男。対応に出た瞬間、その異様な姿にゾッとしたという。
ふたりとも二メートルもあろうかという長身。黒いソフト帽子に黒いコート、黒いズボン、黒いサングラス。全身黒ずくめ。
「T君はいますか」と、そのうちのひとりがボソッと言葉を発した。
「Tは、今、学校ですけど……」
「そうですか。じゃあT君の部屋に案内してくれませんか。T君に大事なものを預けてあるんですが、それが必要になったのです」。ふたりは返事も聞かずに、ずかずかと上がり込んだ。あまりのことにお母さんはただオロオロするが、さっとT君の部屋がある二階へ上がったので、やっぱりあの子の知り合いなのかな、と思ったのだ。だが、すぐに男たちは下りてきて「失礼しました」と帰っていった。
それからすぐ、T君が学校から帰ってきた。
「ねえ、さっきお前の知り合いだとかいうふたりの男の人が来たわよ」と、T君に言うと「ええっ、そんな人、俺、知らないよ……誰かな……?」と首をかしげながら、二階へ上がっていった。その直後のことである。
「誰だあ、俺の部屋メチャクチャにした奴は!」と怒り心頭のT君が下りてきた。すると電話が鳴った。T君が出た。と、T君の顔がみるみる紅潮し「えっ、本当ですか!えーっ、すごい」とはしゃいでいる。電話を切るとT君はこう言い残して家を出た。
「かあちゃん、俺な、すごい写真撮ったんだ。それ、雑誌が載せてくれるって。雑誌社の人が駅前の喫茶店で待ってるから俺、写真持っていく」
それ以来、T君は帰ってこないのである。
黒い男たち その二(北海道)
Oさんという友人がいた。
彼とはよく怪談を語り合う仲間だったので、その奇妙な黒ずくめの男の話をすると、彼は大変興味を持ったようだった。
Oさんは大学を卒業すると、横浜の会社に就職した。
会社の新人研修旅行に参加した時のこと。夜、怖い話をしようということで、みんなが一話ずつ怪談を語ったそうだが、彼はT君の話を披露したという。
この時、ひとりだけ顔面蒼白になりながら聞いていた女子社員がいた。そして話が終わった後、Oさんはその女子社員に呼ばれたのである。
「さっきの話、本当なの?誰に聞いたの?」と、ちょっとその態度が尋常ではない。
「誰って、大学時代の友人から……いったいどうしたの?」
「実はね、私にもあったのよ、それ!」
「えっ、どういうこと?」
「私も、あなたの話聞くまで、実はそんなことだったとは知らなかったの。今はじめてわかったわ」と、Oさんはこんな話を聞かされたのだ。
彼女は大学を卒業する前、親しい女友だちとふたりだけで、卒業旅行に行ったという。
行く先は北海道。それにはわけがあった。ある本には、北海道はUFOの目撃多発地帯だと書かれてあった。つまりふたりとも、UFOに関心があったのだ。雑誌の付録にあったUFOマップを見ながらそのポイントに行ってみる。ちょっと変わった北海道一周旅行だったのだ。
彼女の友人は勘のはたらく子だったそうで、あるポイントに立っては「あそこ」とか「今、あの山の頂上」などと指示をくれる。そのタイミングと方角に、彼女はカメラのレンズを向けて、シャッターを押した。
相当の数の写真を撮った。別にUFOを見たということはなかった。ただ友人は「絶対何枚かには写ってるはずよ」と言う。
何日目かの夜。
あるホテルに部屋を取った。友人は温泉に入りにいって、彼女はロビーのソファに座ってテレビを見ていた。と、いきなり誰かにポンと肩を叩たたかれた。
振り向くと、身長二メートル近いふたりの大男が立っている。黒い帽子に黒いスーツ、黒いズボンにサングラスの黒ずくめだった。
「A子さんですね」と彼らは彼女の名を呼ぶ。
何で私の名前を知っているの、と不思議に思ったのは後のことで、その時はふたりの異様な服装に、ただただ驚くだけだったという。
「あなた、ここ数日、いろいろな写真をお撮りになりましたね。その写真、よければ私たちに見せてはもらえませんでしょうか」
「えっ、写真って……」と彼女が言うと、
「実はね、私たち、UFOの研究をやっている者なんです。あなたは実に貴重なものを写したのです」
「あっ、でも、フィルムはまだ現像してませんし、今日撮ったものはまだカメラに入ったままですし……」
「いいじゃないですか。現像は私たちでできますから。さあ、これから一緒に私たちの研究所へ行きましょう」と、手をつかまれた。
実のところ、UFOの研究組織と聞いて、彼女は好奇心にかられたという。彼らの研究所も見てみたいし、もしUFOが撮れているなら、専門的な鑑定もしてもらいたい。彼女の頭に一瞬、そんな考えがよぎった。カメラの入ったバッグも手元にある。しかし友人は温泉に入っている。
「あの、友だちがいるんです。彼女も一緒に」
「お友だちでしたら、私たちが後で迎えにあがりますから、さあ行きましょう」と腕を取られた。
その時だ。
「行っちゃだめよ!」と大声を張り上げて、こちらへ走ってくる友人の姿があった。すると、スッと男たちの腕が離れて、そのままふたりの男はホテルを出たのである。
友人は、浴衣ゆかたもはだけんばかりで、ぜーぜーと息を切らしている。
「どうしたのよ」と彼女が声をかけると友人は、「カメラ、それから今まで撮ったフィルム、出して!」と言う。言われるまま差し出すと、フィルムを引き出し、全部ゴミ箱に捨てられた。
「何でこんなことするの」と聞いても、友人は何も答えなかった……。
今の今まで、それがどういうことなのかさっぱりわからなかった、と彼女は言う。
「あなたの話を聞いて、今、私ゾッとしました」と。
実のところ、OさんもT君の話を信じていたわけではなかった。話として面白いと思って披露したまでだった。だが、目の前で真っ青な顔をしておびえている同僚を見て、Oさん自身この話が実に怖くなったのだ。
黒い男たち その三(大阪府)
イベント会社のHさん、Nさんという人がいろいろ不思議な体験をしたというので、取材をさせていただいた。
話が盛り上がってそのうち〝黒い男たち〟の話をした。すると途端にふたりが青ざめて、顔を見合わせている。
「どうしたんです?」と聞くと、「まさかとは思うんですが、それまであのことがそんなに恐ろしいものだったとは、思いもしなかったんです」と言う。
「それは?」
するとふたりはこんな話をはじめた。
大阪で「花の博覧会」が開催された。その時の話なのだそうだ。
彼らの仕事仲間にAさんという人がいた。イベントのディレクターで、この「花の博覧会」にもディレクターとして参加していたらしい。このAさんというのが無類のUFOマニアだったのだ。話をしていると必ずUFOの話題になる。仲間や友人はいい加減うんざりしていたそうだ。
そんなAさんが、ある日ものすごくはしゃいでいた。何でもUFOの母船を見たというのだ。それが現れたのが「花の博覧会」の会場上空。ものすごく大きなものだったらしい。
ところがこの日を境に、会場に現れたAさんの様子がガラリと変わってしまった。仕事に対する集中力がない。ふさぎがちで無口になっている。
「Aさん、どうしたんや。元気ないがな」
と話しかけても真っ青な顔をして首を横に振るだけ。
「Aさん、またUFOの情報教えてえや」と話を持ち出す。いつものAさんなら、どんなにふさいでいてもその一言で目を輝かせるのに、まるでその場から逃げるようにすっとみんなから離れる。仕事も休みがちになった。
ある日、HさんにAさんの知人と話す機会があった。
「Aさん、この頃どうしたんですかねぇ。なんか人が変わってしもうたみたいで。あれだけ好きやったUFOの話もトンとしなくなって……」
するとその人はこう言った。
「それ、私も気になってAに尋ねてみたんです。どないしたんやって。そしたらね、何か黒い奴らが来たから怖いんやって。何のこっちゃら……」
私はHさんに尋ねた。
「Aさんは、そのUFO、写真に収めたとか言ってなかったでしょうか?」
Hさんは言う。
「さあ、そこまでは聞いてないんで知りません。けど、おそらく撮ってるでしょうね。仕事がらカメラをいつも持ち歩いてましたし、UFO見たのもいわば職場でしたしね」
それからしばらくして、Aさんはイベント業から身を引いて、田舎へ戻ってしまった。