ロケ先の夜(兵庫県) | コワイハナシ47

ロケ先の夜(兵庫県)

私は以前『恐怖の百物語』というテレビ番組の企画・構成を担当していた。その時に音声を担当していたNさんの体験談である。

今から十数年も前のこと。

Nさんは当時Vビデオ・Eエンジニアをしてロケまわりに出る仕事ばかりであったという。

大きなビデオデッキとマイクを持ってカメラマンのあとを付いていくのだ。

九月の残暑がきびしい蒸したある日のこと。

Nさんたちは五人の撮影クルーとタレントさんふたりで京都府と兵庫県一帯を回る三日間のロケーションをおこなった。

番組内容は、郷土料理を紹介するようないわゆるグルメ番組。ところが三日間とも雨が降り続き、撮影そのものもなにか調子がでなかったという。

そのロケ二日目のこと。

一行は京都府と兵庫県の県境の、ある名所にやって来た。ここに江戸時代より続く古い旅館が残っている。クルーはこの旅館を取材し、夜は宿泊することになっていた。

雨の降りしきるなか、人里離れた場所に建つその旅館に到着した。

三階建てのかなり大きな旅館である。

昔、このあたりは街道だったようで、京に上ったり、あるいは故郷へ帰る幕末の藩士たちがこの宿をよく利用したらしい。そう言われればなるほど風格と時代を思わせる建物であったという。

旅館の正面玄関をガラリと開けると、昼間だというのに中は暗く、オレンジ色の裸電球がぽつぽつと奥へ続く長い廊下を照らしている。玄関を上がった広間や廊下には、刀剣類や鎧兜、あるいは鹿や熊などの?製が飾ってあり、なにやら重い空気が溜まっているような心持ちがする。旅館のくせに人の気配というのがなかったそうだ。

雨をよけながら撮影機材を玄関に入れていると、仲居の女性がのそっと出てきた。そして奥へと案内される。奥座敷には鍋なべ料理の準備が整っていて、撮影がはじまった。

撮影が終わったのが夜七時頃。あとは寝るまで自由時間である。

お酒も入ってわあわあと盛り上がっているうちに、仲居さんがやって来た。

「あのう、もうすぐこの宿を閉めますよってに、今のうちにお酒の追加なんか言っておいてくださいね」と言う。

「閉めるって……?ここ、通いですか?」

従業員が通いの旅館などはじめてである。聞いてみると、ここは旅館の体ていはしているものの、随分と前から宿泊客はとらず、もっぱら郷土博物館のような使い方がされていた。今日はテレビの取材だというので、特別に旅館として解放したのだという。

「すると、この広い旅館には我々だけなんですか?」

「へぇ、貸し切りです」と、仲居さんは冗談めかしに笑う。

「で、九時になりましたら、私たち全員帰ってしまいますよって、表から鍵かぎを締めてしまうんです。ですからどのお部屋を使っていただいても結構なんですよ。お風ふ呂ろも沸かしてありますよって」と言う。

仕方なく、お酒とビールの注文を追加した。九時になった時、「ほな失礼いたします」と仲居さんたちが挨拶しに来た。そのあと、誰かが玄関に行ってみたが、確かに外側から鍵がかかっていて、一歩たりとも外に出られなくなっていたという。

深夜になった。

明日もロケがあるからと、みな風呂に入って寝ることにした。

ところが、風呂に行った連中はものの五分もたたないうちに戻ってくる。

「お風呂、もう入ったんですか?」とNさんが聞くと、「なんやここの風呂、気持ち悪うて入ってられへん」と皆蒼あおい顔をしている。Nさんも一番あとで入ってみたが、脱衣所から浴室へ入る扉を開けた瞬間、(あっ、ここアカン!)と思ったそうだ。檜ひのき造づくりの立派な風呂なのだが、なんだか重く異様な空気が留まっている。どうやら窓というものがその風呂場になかった。そのせいかとも思ったという。

風呂に入るのを諦あきらめて部屋に戻ると、ディレクターが部屋割りをしていた。大きな旅館を今夜はどう使ってもいいのだ。NさんはカメラマンのAさんと同室ということになり、指定された部屋に入った。

……いやに天井が低い。

「これはな、侍が刀を振りかざすことができんようにという工夫なんや。刀を抜いてこうしようとしたら、ほら、天井に刀の先がつっかえる。部屋の中でチャンチャンバラバラがでけへん。江戸時代からの老舗しにせらしい造りや」と、刀を振りかざす真似をしながら、Aさんは感心している。ふっとNさんは部屋の奥にある鏡台に目がいった。真っ赤なカバーが掛けてある。正面には鶴の刺し?しゆうが縫いこんである。

それを見た瞬間、なぜか背筋にゾッと悪寒が走った。

(あの鏡の近くで寝るのは嫌や)

そんな気持ちが抑えられない。Aさんは押し入れをサッと開けると布団を取り出している。Nさんも布団を出し、鏡台に遠い方に布団を敷いて寝たのである。

寝苦しい……、Nさんは、はっと跳ねるように起きた。

豆球のかすかな光が部屋を照らす。部屋の中は蒸すような暑さである。クーラーはブーンという音をたてているが、さっぱり涼しい風は来ない。クーラーの音に混じって雨のパラパラという音がこの旅館を包んでいる。隣ではAさんが寝息をスースーたてている。

(こんな気持ち悪い雰囲気の中で寝れるなんて、信じられんなこの人)と、思っていたその時、

「わあーっ」という叫び声が隣の部屋から響き渡った。はっとAさんも目を覚ます。

「どないしたんやろ」

さっとAさんは起き上がって明かりをつけ、部屋を出た。Nさんもそのあとを付いていく。隣の部屋で、Aアシスタント・Dデイレクターが泣き叫んでいた。

「俺、この部屋で寝るのん嫌やーっ」

その向こうで同室のディレクターが困惑している。

「どうしたんや」とAさんが聞く。

「なんやわからんが、悪い夢見よったんやろ」とディレクターが言う。

「夢ちがう!夢ちがう!ここ嫌や」となおもADは叫んでいる。

「まあ落ち着け、なにがあったんや」とAさんやディレクターがたしなめるが、ADは完全に取り乱している。「とにかくこの部屋から出たいんです」とわめいている。仕方なく部屋を出て、玄関の広間のソファーに腰掛けさせた。少し落ち着いたADは、その事態をようやく話しはじめたのである。

寝苦しくて、寝返りばかりをうっていた、という。

そうこうしていて、何気なくふっと押し入れの襖ふすまに目がいった。なにか模様がある。

(あれ?この襖、真っ白の無地やったんちがうかな……)と思っていると、中国の山水画のようなものが浮かび上がった。

(そんなもん、あそこにはなかったぞ……)

すると、山水画の中に人が現れた。杖つえを持ち、年をとった坊主のようなものが横向きに立っている。はっとして、襖から目をそらすと布団を頭からかぶって、襖に背を向けた。

(俺、なに見たんや?気のせいや、気のせいや、あれは無地の襖や)

と、背後に気配が起こった。はっとしてうしろを見た。

無地の襖がそこにあった。

(やっぱり、あの絵は気のせいやったんや)と思っていると、スーッと襖にまたなにかが浮かび上がった。目を閉じた女の顔である。髪の毛の生え際から上は見えないが、顔の輪郭と、目鼻と口が確かにある。閉じていた目がぱっと開いた。バチッとADを見て、ニヤッと笑った。

(うううっわ!)

声にならない衝撃が全身を貫いた。あわてて隣に寝ているディレクターを起こそうと振り返った。

そこにもうひとりいた。

ディレクターの背中に、坊主頭の黒い男の子のようなものが、びちゃとへばりついている。それが〝月明かり〟のような光源に照らされて、その肉の輪郭がはっきり見える。

ADが叫び声をあげたのはその直後だったという。

「そら夢や、わしはなにも感じんかったぞ。それに月明かりって、今日は雨なんやぞ」とディレクターは夢を強調するが、ADは、「あの部屋に戻るんやったらこのソファーで寝る方がましです」ときかない。

「よっしゃ、ほならお前は隣の部屋でNと寝ろ。俺がその部屋で寝るから」とAさんが説得し、ようやくADは首を縦に振った。

Nさんの部屋に入ったADは、いきなり「あの鏡台、気持ち悪い」と指さす。

仕方なく、NさんはさっきまでAさんが寝ていた鏡台に近い布団にもぐりこんだ。

ADは布団に入って間もなく、疲れもあってかぐっすり寝こんでしまったようだ。スーッ、スーッという寝息が聞こえてきた。と、Nさんはどうしても鏡台の近くで寝るのが嫌で、イヨッとばかり布団を抱えると、ADの寝ている布団の向こうに自分の布団を敷き直した。電灯は完全には消さず薄暗い豆球をつけた。そしてなんとか寝ようとするが、やっぱり寝れない。相変わらず蒸し暑く、どよんと重い空気が部屋の中にとぐろを巻いている。枕がずんずんと地に沈んでいく感覚が身を襲ってくる。坂道に布団を敷いて、頭を下にしているような気分だ。そしてなぜか涙がポロポロと出てくる。

ふと、テレビのブラウン管が目に入った。鏡台の反対側にあるテレビが目の前にあるのだ。その消えているブラウン管にNさんの背後が映りこんでいた。

薄闇の中に、人が立っている。

(おじいさん)というイメージがポンと来た。

それが誰かはわからない。ただ、老人がADの枕元に立って、なにかをしているのが見えるのだ。

最初、老人はなにか粉をふってADの顔にかけていると思った。しかし、だんだんとそうではないとわかってきた。箱を開けると中に箱があって、その箱を取りだすと、また中に箱が入っていて、その箱を取りだす。するとまた中に箱があって……そんなことを繰り返しているようである。実際には箱はないが、そんな手つきを延々繰り返していて、そのたびに「うーん」とADが苦しそうにうなる。

(一体、これはなにが起こっているんだ)

ぶるぶる震えていると、ジャッジャッジャッジャッ……と、砂利を踏みしめながら誰かが庭を歩いている音がする。ジャッジャッジャッジャッ……かなりの早歩きで、それがどうも旅館のまわりをぐるぐる回っているようだ。

ブラウン管にはまだ老人が映っている……。

頭の中がぐるぐるまわって気絶したのだろうか、はっと気づいたら朝であった。

朝食時にそのことを話してみたが、ADはあのあとぐっすり寝たので、その老人のことは知らないという。ただ、誰かが砂利の上を歩く音はディレクターも聞いていた。警備員かと思っていたそうだが、さすがに旅館をあんなに速くぐるぐる回るのはおかしいと思ったという。

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