富士山の麓にある池の話である。
そこは、地元の釣り好きには有名な場所で、なんでも池の主といわれる大きな鯉がいるらしい。
Kさんという地元の釣り好きな人が、なんとかこの主を釣り上げようと、まだライバルたちのいない早朝、自慢の釣り竿ざおを持って自転車でその池に着いた。
まだ夜は明けきっていない。池に来ているのはやはりKさんだけだった。
釣り糸を池に垂らし、眠い目をこすりながら朝もやただよう対岸を何気なく見た。
〝ここで釣りするべからず〟
という見慣れた白い看板が立っている。と、朝もやのせいなのか、なんだかその看板がゆらゆら揺れている。
はて?
と、そのまま看板を見ていると、それが白い着物の女の子の姿に変わっていく。
おかっぱ頭の幼い女の子。ところがその髪どころか全身、白一色。
「うわっ!」と驚いていた。
すると女の子はすっと池に下りて、そのまま歩かず、波も立てずにこちらへ渡って来る。
整った顔立ちだがまったく無表情。それがはっきりと確認できる距離に来た!
大声をあげてKさんはその場から逃げ出した。
途中で自転車と大切な釣り竿をそこに置いてきてしまったことに気がついたが、取りに帰る勇気がおこらず、途中、タクシーをひろって帰った。
その後もKさんは、あの池には一切行っていない。