【長編】小さな幽霊(愛知県名古屋市) | コワイハナシ47

【長編】小さな幽霊(愛知県名古屋市)

土色の異様な物体

突然ですが、これからお話しする状況を、より明確に把握していただくために、僕がよく利用する駅について説明しますね。

僕はプライベートでも仕事でも、電車に乗ることが多く、最寄りであるその駅は頻繁に使っています。

この駅には改札口がふたつあって、南口を出ればオフィスビルが建ち並ぶ一方で、商店街が充実、いつも人が行き交うような、にぎやかなところです。

また反対の北口を出て、左に曲がると線路沿いに一本坂道があって、閑静な住宅街になっている、とても静かなところです。

僕の家は北口側にあり、出て左に曲がって三〇秒ぐらいのところに、一軒コンビニエンスストアがあるので、仕事帰りによく立ち寄って、ビールやおつまみを買ったりしています。

コンビニを出ると五メートル幅ぐらいの坂道になっていて、両サイドには人が歩けるように、ガードレールが並んでいます。

そんな町の状況をイメージしていただいたうえで、さっそくここで起きた奇妙な出来事をお話しします。

その日は、何もしなくても汗が流れて来るような真夏日でした。

夜七時ごろ、仕事帰りにいつものようにコンビニに立ち寄り、買い物をすませ、自動ドアを出たその時です。

ガードレールの端っこの柱の上に、おかっぱ頭の女の子の顔が、ちょこんとのってるんですよ。

そうだなあ、大きさはみかんぐらい。しかも顔だけ。

最初は誰かが人形の頭をぽこっとのせたのかな?ぐらいに思ってたんですよ。高さは五〇センチほどだから、人間にしては小さいなあ……。

気になってかなりの距離、そうですね、二メートル近くまで寄って見たら、なんと首から下がない。

ぞっとして一瞬目をそらしました。こういう時って自分の願望かもしれませんが、

(夜でだいぶ暗いし……、きっと誰かが古くなった顔だけの人形を、ガードレールの柱にポコッと置いた。だから首から下が見えなかった……)

その一瞬のうちに、怖さをまぎらわそうと、あれこれ考えを廻めぐらせるものです。間にしたら一秒とか二秒なのかもしれませんが。

再びガードレールに目をやり、さらに近づいて見ると、先ほどのおかっぱの女の子は、薄目を開けているような、寝ているような目をしている。首から下はぼやけていて形になっていない感じ。しかもなぜか土色をしているんです。つまり完全にこの世のものとは思えない。

ところが、僕はこういう異様な物体を見るのは初めてではなかったから、なんかあるのではと、怖いながらもその日はそのまま帰りました。

そして次の日。

まだ陽が差していた夕方のこと。

昨日と同じコンビニに寄り、買い物を済ませ、坂道を上ろうとしたら、ママチャリに乗ったおばさんが汗びっしょりになりながら、苦しそうに「下り坂」をこいで、こっちに向かって来るんですよ。

ギーコーギーコー、ペダルを踏んで。しかも腰を浮かせて。

想像してください。

下り坂を腰を浮かせて自転車をこぐなんて光景、異様だと思いませんか?下りだからこそ、楽に走れるはずなのに。

実は僕もこの坂をチャリで通ったことがあるんだけど、急斜面だから、ブレーキを握っていても、ものすごいスピードが出てしまうところなんですよ。キュキュキュキュー、って音がするくらい。

僕も家に向かうため坂を上り、正面あたりからどんどんそのおばさんが、僕のところに近づいてきます。顔の表情がはっきり見えて、ハアハア言う呼吸が感じられるくらいまで近距離になった時です。

おばさんの後ろのかごに、昨日の土色をしたおかっぱの女の子が、まっすぐ前を向いて乗っているんです。

まっすぐしっかり前を向いて。

僕はすれ違いざまに何か言わなければと思い、必死に頭の中で何を言おうか考えました。そして自転車をこいでいるおばさんに、

(………)

おばさんはパッと僕の顔を見て、一言。

「知ってます」

そう言って、すーっと目の前を通り過ぎて行ってしまったのです。

僕はおばさんの後ろ姿を見えなくなるまで見送ったんですが、女の子はまっすぐ前を向いたままでした。

おばさんはその子の存在を分かっていて、

(知ってます)

と言ったのでしょうか。

僕から見てあの子は、明らかにこの世に存在しない、言うならば小さな幽霊。その時初めて知ったことは、小さな幽霊っていうのは、下り坂を汗をかきながらこがなければならないほど、異常に重いものもいるのだ、ということでした。

初老の紳士

この事件(おばさんに会って)からちょうど一ヵ月後。

名古屋の中日劇場で一ヵ月間、舞台の公演が入ってたんです。

役者と裏方のスタッフは合わせると相当な大人数になるため、宿泊は劇場のすぐそばにあるホテル組と、劇場近くの駅から、電車に乗って一五分ぐらいかかる旅館組の、二手に分かれました。基本的に役者の中でもベテランの人たちがホテルに、若手の人たちが旅館に泊まることになりました。

ちなみに僕はホテル組でした。

名古屋に着き、ひとまず荷物を置こうとホテルに向かい、部屋のドアをあけると、体がずっしり重くなり、なーんとなくいい部屋ではない空気。そうかと言って、部屋を変えてもらうほどでもないか、そう思いながら、移動の疲れもあって、その日はすぐにベッドで寝てしまいました。

すると、

コンコン、コンコン……

と、誰かが部屋のドアを叩く音がしたので、目が覚めたんですよ。誰かが呼びに来たのかと思ってドアを開けるでしょ?

でも誰もいない。

僕の部屋は非常口が廊下の突き当たりにあって、両サイドに部屋があるうち、右手の奥から二番目。一番端は、佐山俊二さんという役者さんの部屋。

ドアを開けた時、初めは佐山さんがノックしたのかな?と思ったんだけど、まったく人の気配もしないし、誰かがいたずらしてドアを叩いているとしても、その数秒間に音もなく隠れるなんて、まず不可能。ありえない話なんですよ。

結局それが何なのかわからないまま、怖くなって電気をつけたまま眠りました。

それから二日後。

部屋でテレビを見ていたら、ノイズっていうのかなあ。

シャーッと鳴ったかと思うと、突然テレビの画面の映像とはまったく関係のない、数人の話し声が、わーっと聞こえたんですよ。楽し気にわいわい大騒ぎしているような声が。

どこか別のチャンネルの音が混線して入ってきたのかなと、チャンネルをガチャガチャ替えて見たものの、そんなシーンの番組は一本もやってなくって、テレビの電源を一度消してみたんです。

何しろその話し声は耳に残ったから気になって。

するとシーンと静かになる。

またテレビをつけるでしょ。またにぎやかな声が……。

こうして僕の部屋で不思議な現象が起こるものの、何かを見たわけでもなかったから、誰かにこの話をすることもなく、公演の日程は過ぎていきました。

この部屋での生活に慣れてきたある夜、寝ていると、僕の部屋でシャワーを浴びている、シャーシャーという音で目が覚めたんですよ。

初めは隣の部屋のシャワーの音か、と思って、

(なんだよ、こんな夜中にシャワー浴びるなんて)

と、寝ぼけながらも時計を見ると、三時。

(なんかおかしい)

そう、シャワーの音が明らかに自分の足元の左手にある、バスルームから聞こえてくるものだと分かった瞬間、ぞっと鳥肌が。

何者かがシャワーを浴び終わると、お湯を止めるために蛇口をキュッキュキュッと回し、ぽたぽたっとこぼれ落ちるしずくの音が聞こえたんです。しかもバスタオルでササッと体を拭く音までしっかり聞いてしまった。

もちろん、僕の部屋には僕しかいない。

するとバスルームのドアがギーッと開いたんですよ。僕はベッドの上からその様子をじっと見てたんだけど、何と、トレンチコートを着て帽子をかぶった初老の紳士が、机に向かってスッスッスッと普通に歩き、僕の斜め前にある椅子に座ったんです!

するとその初老の紳士は新聞を読むような体勢になって、実際にはその新聞は見えないんだけど、ページをサササッとめくるしぐさまでする。

同時に、ちゃんと紙の音までするんですよ。

しばらくすると、まさに読み終わったんだな、とわかるような、バサバサと新聞を折りたたむ音もはっきり聞こえました。

と、突然、僕の正面の、机と直角の壁にかかっている鏡の中に、その紳士が吸いこまれるようにして、スーッと消えてしまったんです。

絶対に何かがいる

こうした異様な状況に遭遇し、

(もうこの部屋にはいられない。一部始終、ずっと見てしまったのだから、そして出るものが出ちゃったのだから)

そう思って僕は、迷惑がかかるのを承知の上で、その日の公演前にプロデューサーに、

「旅館に移りたい」

と頼みました。もちろん、理由は言わなかったけど。

それにどうも旅館に泊まっている人たちの話を楽屋で聞くと、人数も多くてすごく楽しそうなんですよ。

大きなお風呂にみんなで入ったり、食事も大きな食堂で一緒にとったり。

なんてたってみんなで楽しくお酒が飲める!

そう思ったら、その日のうちにでも移りたくなって、旅館に泊まっている役者のひとりに、

「そっち、部屋空いてないかなあ?」

と尋ねると、

「多分、ひと部屋空いてたと思いますよ」

さっそくプロデューサーから旅館の人にお願いしてもらうと、プロデューサーが、

「金造さん、旅館のおじさんに、部屋空いてないって断られたよ」

と言うんですよ。

(話が違う!)

僕はとにかくホテルに戻りたくない一心で、必死になって旅館組の役者の人たちに聞いて回ると、

「絶対、空いてますよ」

という答え。しかも、「二階の一番手前の右手の部屋」とまで教えてくれるんです。

実は、プロデューサーに断ったという、旅館を経営しているおじさんというのは、しょっちゅう、楽屋に遊びに来てたんですよ。その日も遊びに来ていたので、直接おじさんに、

「おじさん、どうして嘘つくの?」

と聞くと、

「何が?」

と、とぼける。

「おじさん、旅館、ひと部屋空いてるのに、どうしてプロデューサーには空いてないって断ったの?嘘ついちゃだめよ。それとも何?僕を泊めたくない理由でもあるの?」

と、僕に責められておじさんは、口ごもりながら、

「ホテルの方がきれいでいいじゃない。それに劇場からも近いし。(旅館の)部屋?空いてるんだけど……、空いてない……」

理解しがたいおじさんの言葉を押し切って、

「もー、意地悪言わないでよ。そっちに行くからね」

と、強引にもその日の夕方、荷物をまとめてホテルから旅館に引っ越しちゃったんです。

旅館に着くと、さっそく仲居さんが部屋に案内してくれて、階段を上りながら後ろをふっと振り向いて、僕に、

「ここねえ、お化けがでるのよ」

っていきなり言うんですよ!

普通さ、たとえそうだとしても絶対に言わないじゃないですか。

その時の僕の驚きようがよっぽどすごかったのか、仲居さんは、

「じ、じょ、冗談ですよ」

と苦笑いして、言葉をごまかすように部屋を通してくれました。

ドアを開け、ふすまを開けると……。

(ここで寝泊まりしてはいけないんじゃないか)

という考えが過よぎったんです。

というのは、なぜだかその部屋だけが、室温が二~三度低い。

それと、なんって言うのかなあ。じっとしてても落ち着かない。とは言っても、いまさらホテルに戻れないから、ま、いいかっと、半分あきらめ状態、半分腹をくくっていました。お風呂に入り、夕食を食べて床に就きました。

ボコボコ、ブクブク、ボンボンボンボン……

その晩、ジャグジーに入っている夢を見ました。

背中を適度に刺激する泡風呂がとにかく気持ちいい。

ところがだんだん泡の刺激が強くなり、まったく気持ちよくなくなってきちゃったんです。

(何だろう?)

この事態が夢ではない、ただごとではないことに気づきました。

なぜなら、先ほどまで気持ちよかった泡の感覚が、痛いくらい強くなり、僕の寝ている布団ごと突き上げられるのでは、と思うと、ボンボン、ドンドンと音をたてて、ものすごい勢いで僕の背中を突き上げたのです。

その時、僕は、完全に目が覚めました。

すると今度は、僕の寝ている頭の上の方を、何ものかが踏んで歩いている感覚を味わいました。

僕は怖くて目を閉じたままでしたが、それが足なのか何なのかは定かではありません。

さらにその足のようなものは、ベットの縁ふちの四隅を囲うように、

ふかふかふかふか……

と踏んで行き、そのうちぐるぐる回り始めたんですよ。

恐る恐る目を開けてみると、姿はまったく見えない。

もう、その瞬間、

カチーン!

完全に体が硬直して金縛り状態。

金縛りってね、かかったことのある人なら分かると思うけど、かかってから少し時間が経つと、手先とか足先はかろうじて動かすことができて、無理をすれば首を起こすことぐらいはできる。ちょうど、両肩を押さえつけられてる感じに。

この時、動かせるところはめいっぱい動かして金縛りをとこうとするのですが、全身に力が入り過ぎて、苦しくてしかたありません。それでも何ものかは布団の四隅をぐるぐる回り続けているのです。怖くてたまらないのに、それが何ものなのか気になって、思い切って薄目を開けてみると、人影のようなものが見えたのです。その影は僕の足元の延長上にある、テレビの辺りに気配を感じました。

(いやな予感がする)

僕は頭の中では見たくないと思っているのに、気づくと一生懸命首を起こして、いやな気配のする方を見ていました。

(テレビの画面に何かが映っている)

初めは自分が映っているんだと思いました。

というより、思おうとした。

ところが映っているのは女の子。それも見覚えのある子。

ブラウン管に映る女の子は、時折、手や足を動かしていることから、明らかに自分ではないんです。ふっと僕の首の左側に、何か人のいるような気配を感じたのです。

絶対に何かがいる。

そう。僕の左側に女の子が立っている、その姿がブラウン管に映っていたのです!

ぞーっとして、怖いながらもそーっと首を左に向けると、身長が二〇センチの小さな女の子が立って、じーっと僕を見ている。ちょうど見下ろす感じに。すると僕に、

「どれほど……」

と言ったのか、

「どれだけ……」

と言ったのか、最後の二文字が聞きとれなかったのですが、

〝どれ……〟

と言うんです。

しかも一生懸命に何かを訴えようとしていました。

小さな女の子はそれを僕に伝えると、すーっと消え、それと同時に僕の金縛りもとけました。

すぐに部屋の電気をつけて、たばこを吸いながら夜が明けるのを待ち、一体、いまの子は何だったんだろう、と考えているうちに朝になったので、朝食の準備が整っている食堂に行きました。

「昨夜はよく眠れました?」

と、昨日部屋に案内してくれた仲居さんに聞かれたので、

「うーん、よっぽど疲れていたのかなあ?ちょっと変な夢見ちゃったみたいで……」

仲居さんが一言、

「ああ……」

と言ったまま、食堂の奥に行ってしまったんです。

僕は仲居さんの腑に落ちない〝ああ……〟という返事に、昨夜の夢なのか幽霊なのか、不気味な女の子のことを思い出していると、

「あ!」

と、僕はある出来事を思い出したのです。

それはちょうど、その時から一ヵ月前の話。僕の記憶からは消したくても消せない、恐ろしいあの出来事がよみがえりました。

一枚の写真

その一ヵ月前の出来事とは、心霊漫画家のつのだじろうさんに、一枚の心霊写真を見てほしいと頼まれた時のこと。

「金造さん、どう思う?この写真」

これまでにも心霊写真は何枚も見てきましたが、大抵のものが、フィルムや光のトラブルによって、心霊写真に見えたり、心霊写真だとしても大したことのないものばかり。

ところがこの時、つのださんが僕に見せようとするものは、見る前から僕の体をゾクゾクさせ、ただものではないと思わせました。

予感は的中し、写真を受け取った瞬間、

ビビッ

と、電流のようなものが、まるで感電したかのように、写真をつかもうとする親指と人差し指の指先に走ったのです。

とてもじゃないけどその写真をじっと持っていることができず、すぐにつのださんに返してしまいました。

その一瞬だけ目に飛び込んできたものは、三〇代半ばぐらいの男の人が、リュックサックをしょって帽子をかぶって、ニッコリ笑っている、ハイキングか山登りに出かけた時の、何てことのないスナップ写真なんです。

その男の人から向かって左側、膝の高さよりもっと低いところ辺りに、写ってるんですよ。

身長二〇センチぐらいの女の子が!

その女の子はだいたい四歳から五歳ぐらい。着物を着て立ってるんです。

隣に写っている男の人は現代の人なのに、その女の子が古い着物を着ていたのがすごく印象的だったんですよね。

もうお分かりの方もいるはず。

旅館で金縛りにあったとき、テレビのブラウン管に映り、僕の左側に立って、

〝どれ……〟

と訴えてきた女の子と、写真に写っている女の子が同じなんです。

後から考えてみると、僕がこの部屋に泊まることは、つのださんに写真を見せられたその時から、定められていたのかもしれません。

そして、小さい幽霊がいることを、ここでも知らされたのです。

この二ヵ月間のことを〝小さい幽霊〟で整理しますと……。

〝旅館で見た女の子〟と、〝写真で見た女の子〟は、完全に同一人物。

〝ガードレールの柱の上にいたおかっぱの女の子〟と、〝おばさんの自転車の後ろに座って乗っていた女の子〟は完全に同一人物。

このたった二ヵ月という短い間に、僕は二つの小さい幽霊に会ったのです。

旅館で朝食を食べ終わり、頭の中が女の子の幽霊のことでいっぱいになりながら、部屋には戻らず、そのまま旅館を出て劇場に向かいました。

楽屋に入り、さっそくその話(旅館の部屋で女の子を見たこと)を、楽屋で出演者のみんなにすると、

「またぁー、金造さんったら。そんなばかげた話、あるわけないでしょ」

と言う人もいれば、

「お酒の飲み過ぎじゃないの?」

と言って、誰も信じてくれやしない。悲しいくらい誰も。

ところがたったひとり、

「そういうことって、あるのかもしれない」

と、僕に同意してくれた役者さんがいる。

彼の名は、佐山俊二。

僕がホテルの部屋に泊まっていた時の、隣の部屋の人です。

役者の死

信じられないことが起きてしまった。

佐山さんは僕の話を信じてくれたその晩、死んでしまったんですよ。

病名は心筋梗塞。なんとバスルームでシャワーを浴びている時に倒れて、そのまま他界されたのです。

スタッフは公演を中止するわけにはいかないと言って、代役を立てなければと大パニック。

佐山さんの死の報告を受けた僕は、その瞬間、ぞーっと鳥肌がたつと同時に、ものすごい早さでここ数日間の記憶がよみがえっていきました。

今日、佐山さんだけが僕の小さな幽霊のことを信じてくれたこと。

僕が最初に泊まったホテルで見た、新聞を読む初老の紳士。

その紳士が鏡の中にすっと消えたこと。

ホテルで聞いたシャワーの音。

………。

名古屋に来てから起こった、信じられないくらい異様な出来事は、まるで佐山さんの死を予告する台本のように、僕の中で一致したのです。

思えば佐山さんという方は、とてもダンディーで、いつもビシッときまっている、素敵な人でした。コートがよくお似合いで。そしていつも帽子をかぶっていました。

鏡の中に吸いこまれるようにして消えた初老の紳士は、佐山さんだったのかもしれません。

なぜなら鏡の奥は、佐山さんが倒れたバスルームだったのだから。

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