祈願(静岡県御前崎市 桜ヶ池) | コワイハナシ47

祈願(静岡県御前崎市 桜ヶ池)

「遠州七不思議」をご存じだろうか。

その中の一つに御前崎市桜ヶ池に伝わる「龍神伝説」というものがある。それは次のような伝説だ。

平安末期、比叡山の高僧・皇円上人は、世の人々を悩みから救いたいと修行した。しかし、悟りを開くことは困難を極めた。そこで、五十六億七千万年後に現れる弥勒みろく菩薩ぼさつに教えを受けることにした。だが、その前に自らの寿命が尽きてしまう。そのため、長命の龍となって、桜ヶ池の底に沈み、弥勒菩薩を待つことにした。

以来、桜ヶ池では龍神に赤飯を供える「お櫃ひつ祭り」という奇祭が行われてきた。秋の彼岸の中日、ふんどし姿の若者たちが立ち泳ぎで池の中央まで進み、願いを込めて、次から次へとお櫃を池に沈めていくというものだ。

御前崎市のお茶農家に嫁いだ良美さんは、このお櫃祭りで不思議な体験をしたという。私は早速、話を聞きに良美さん宅に伺った。

良美さんの嫁ぎ先は昔ながらの広い平屋建ての農家。大きな仏壇を祀まつった部屋には、先祖代々の遺影が鴨居に並んでいる。

昔の遺影は写真ではなくモノクロの肖像画だ。大勢のお爺さん、お婆さんの絵に見下ろされるのは「立派なご先祖様ですね……」という言葉とは裏腹に、失礼ながら身がすくむような、ぞっとするような感覚がした。

良美さんは、一番隅にある遺影を指差して「この人がお義父さんなんです。額の右の方に、葉っぱのような形のアザがあるでしょ。お義父さんはとっても明るい人で、『このアザは茶の葉栽培の才能の現れだ』なんて、笑い飛ばしていたんです」と話し出した。

お義父さんは、婚約時代から良美さんのことをとても可愛がってくれたそうだ。

桜ヶ池のいわれにも詳しく、「桜ヶ池は長野の諏訪湖と地底でつながっていると言われとるが、善光寺の阿闍梨池ともつながってるだよ」と語り、実家が長野県・善光寺の門前町にある良美さんを、「何か深い縁がありそうだ」と気に入ってくれたという。

しかし、お義父さんは結婚式を楽しみにしながらも突然の脳溢血で亡くなってしまった。

周囲から喪が明けるまで結婚式は延期しようかとの話も出たが、良美さんには延期できない理由があった。それはすでにお腹の中に息子を宿していたからだ。

良美さんは結婚して数カ月、お腹も大きくなった頃、お櫃納めを見物に行った。

大勢の見物人に混じって桜ヶ池を観ていると、ふんどし姿の若者の中に、老人が混ざっているのに気づいた。気になってよく見てみると、亡くなったお義父さんのように見える。

「『あの人、お義父さんにそっくりじゃない?』って、夫に話したんですが、『そんな年寄りがいるはずはない』と笑って取り合ってくれませんでした」

それでも良美さんがお義父さんによく似た老人を見つめ続けていると、その人は良美さんに笑顔を向けて何度か頷うなずいていたそうだ。

そして、池の中央まで泳いだその人は、勢いよくお櫃を沈めたかと思うと、自らも一緒に沈んでいったという。

しかし、姿を消してしばらくしても上がってこない。

「溺れてしまったって、私、パニックになってしまったんです。けど、そばにいた夫は、そんな人はいなかった、疲れているんだろうとなだめるばかりで……」

それから数日経った後も、祭りで人が溺れた事故があったなどという報道はなかった。良美さんも、慣れない生活に疲れて幻を見たのかもしれないと納得して、いつしか忘れてしまったそうだ。

その後、月が満ちて良美さんは長男・幸一君を産んだ。元気な赤ちゃんだった。しかし、額に葉っぱのような形のアザがあった。

まるでお義父さんの生まれ変わりのようで、家族にとってはうれしくもあったが、子どもがいじめられる原因になりはしないかという心配もあった。現代の外科手術では消すことも難しくないだろうと、夫婦で話し合ったそうだ。

しかし、ある時から日に日にアザは薄くなって、「今ではまったく残ってないんです」と、良美さんは背中でぐずり始めた幸一君をあやしながら語った。

幸一君はすくすくと育ち、これはお義父さんがお櫃祭りで「幸一君が健やかに育つように」と祈願してくれたからだと思っているそうだ。

「お義父さんの写真の前で、幸一に『この人がじいじよ』と教えていたら、最初に覚えた言葉が『じいじ』だったんです」

そういって、良美さんは幸せそうに笑った。

また、こうも言っていた。

「大人には見えないものも、赤ちゃんには見えるなんて言うじゃないですか。幸一を一人で遊ばせておくと、誰もいないはずの壁に向かって、笑ったりしながら、『じいじ』って呼んでる時があるんです。お義父さんが守ってくれてる姿が、この子には見えてるのかもしれませんね」

シェアする

フォローする