腕 シラヌタの池 (静岡県東伊豆町) | コワイハナシ47

腕 シラヌタの池 (静岡県東伊豆町)

「パパ、モリアオガエルを観に行きたい」

東京に住む啓一さんは、妻の優子さんと小学一年生の息子の翔くんとの三人家族。次の休みの日に家族でどこに行こうか、相談していた。

翔くんが興味を持っているモリアオガエルは、緑色のアマガエルに似た日本の固有種。現在、モリアオガエルが生息可能な森林や沼が減っているため、その数も少なくなってきているという。

どこに行けば観ることができるのか、啓一さんが調べてみると、静岡県東伊豆町の「シラヌタの池」に生息していることが分かった。

実は、啓一さん一家は無類の生き物好き。休みの日となると、東京近郊の山や川に出掛けて、生き物を観察したり、採取したりしている。持ち帰ったメダカやトカゲなどは、一生懸命世話をするので、全て長生きしているそうだ。

翔くんも放課後はスイミングスクールや書道、英語教室と忙しいのだが、その合間に生き物の世話をするのをとても楽しみにしていると、啓一さんは語る。

シラヌタの池へ出掛けた時期は、ちょうど梅雨。空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうな天気だった。

しかし、梅雨こそ絶好のチャンス。というのも、モリアオガエルが木の枝に卵を産む時期だからだ。

卵は白い泡に包まれている。緑の中にある白い泡は目につきやすいので、近くにいるモリアオガエルも探しやすいのだ。

啓一さんはシラヌタの池に向かう途中、優子さんと翔くんに、インターネットで知った二つの話をすることにした。

一つはシラヌタの池とその周辺の生物が、静岡県の天然記念物になっていること。だから、モリアオガエルはもちろん、イモリなども採ってはいけない。啓一さんは「じっくり観察して、たくさん写真を撮ろう」と翔くんに言い聞かせた。

そしてもう一つは、恐ろしい都市伝説。真偽の程は定かではないのだが、第二次世界大戦中、日本兵が米軍の捕虜を殺害して、シラヌタの池に投げ捨てたらしい。その恨みから、日本兵は捕虜の霊によって池に引きずり込まれ、溺死。以後、池の平和を乱す者は、池から伸びる無数の腕に引きずり込まれるというものだ。

それを聞いて優子さんは、「気味が悪いから、池から離れて写真でも撮りましょ」と言ったが、翔くんはきょとんとして「米軍ってアメリカの人のこと?」と聞いたそうだ。

シラヌタの池まで行くには、まずは伊豆半島の東海岸を走る国道135号を、伊豆急片瀬白田駅付近で山側へ曲がる。次に細い山道を登って、池の案内看板まで向かう。そこからは自動車から降り、雑木林の中を徒歩で約五百十メートル歩く。

雨の多い時期だから足元が悪い。滑らないように気をつけ、吊り橋を渡れば到着する。

初めてシラヌタの池を目にした三人は思わず息を呑んだ。池の周りに茂る新緑が、小雨に濡れて非常に美しい。それが余計に、池を神秘的な雰囲気に見せていた。

三人は木の枝にあるモリアオガエルの卵を探し当てた。緑に目が慣れてくると、可愛いモリアオガエルの姿を次々と発見することができた。

啓一さんと優子さんは盛んにシャッターを切り、翔くんも大興奮。時折、ゴロロロという、モリアオガエルの合唱が聞こえてきた。

しばらくして、優子さんは「来た道沿いで写真を撮ってくるわ」と言って、池から離れた。

翔くんは池のほとりにしゃがみ込んで、池の中を見ていた。啓一さんは、イモリを観ているのだなと思って、「滑って池に落ちないように」と注意して、翔くんを見守りながら写真を撮ったり、モリアオガエルの声を録音したりしていたそうだ。

その時、実は、翔くんは持っていた空のペットボトルを浅瀬に沈め、小さなイモリを採ろうとしていた。採ってはいけないと分かっていても、翔くんはどうしてもイモリが欲しくて、啓一さんに見つからない場所へと少しずつ移動していたのだ。

辺りが急に暗さを増し、モリアオガエルの大合唱が始まった。啓一さんは、雨が強くなりそうだから、そろそろ戻ろうと翔くんに声をかけようとした。

すると、さっきまでいた場所に翔くんの姿がない。啓一さんは大きな声で翔くんを呼んだ。すると、モリアオガエルの大合唱がぴたりと止まった。

次の瞬間、池のほとりの木の影から翔くんの叫び声が聞こえた。啓一さんが慌てて駆けつけると、翔くんがうつ伏せに倒れている。見ると、翔くんの両足首を大きな手がガッチリとつかんでいたのだ。

啓一さんは不気味な腕を思い切り足で踏みつけた。そのおかげで、手は翔くんから離れたが、反動で啓一さんは尻餅をついて転んでしまった。

すると今度は啓一さんの足首めがけて腕が襲ってきた。腕は二本ではなかった。池の中から次々と腕が伸びてきて、啓一さんの身に迫ってきたのだ。

啓一さんは膝下をいくつもの手につかまれた。そして、池の方へと徐々に引きずられていった。

啓一さんは翔くんに「逃げろ!」と叫んだ。

翔くんは、数歩池から離れて立ち止まり、無数の腕に向かって「パパを放せ!」と泣きながら叫んだ。

しかし、啓一さんをつかむ手はますます増えていった。

翔くんは突然泣き止んだ。何かに気付いたのだ。

池に引きずり込もうとするのは、殺されてしまったアメリカ兵の腕ではないかと。翔くんは声を振り絞って叫んだ。

「も、もうしません。ソーリー!」

そして、イモリの入ったペットボトルを投げ捨てた。

すると、腕は一瞬動きを止めると、ゆっくりと池の中へ戻り始めた。

そこへ、翔くんの叫び声を聞きつけた優子さんが血相を変えて駆けつけてきた。

尻餅をついていた啓一さんは必死に立ち上がろうとするが、足首に巻きついた二本の腕だけはまだ離れようとしない。

優子さんが震える翔くんを抱いて、啓一さんの側へ来た。そして、何があったのかと聞いた。

啓一さんは、「腕が、腕が……」と言って、脚をバタバタさせながら自分の足首を見た。そこには何本もの絡み合うように重なった枯木があるだけだった。

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