廃墟ホテル (静岡県東伊豆町) | コワイハナシ47

廃墟ホテル (静岡県東伊豆町)

亮太さんには霊感がある。そのため、時々、霊が見えてしまうことがあった。

いや、時々ではなく、本当は頻繁に見ているのかもしれないという。なぜなら、たいていの霊は普通に人の姿をしているので、霊とは気付かないこともあるからだそうだ。

なるほどそうかもしれない。下半身がぼやけていたり、宙に浮かんでいたりしているのならば、一目見ただけでおかしいと感じるだろう。

しかし、顔色が悪いぐらいでは不審に思わないし、季節外れの服装なら変わった人がいるなと思う程度だ。

そのため、亮太さんは自分が見えている人が他の人には見えていないと知った時に「あれは霊だったのか……」と気付くのだという。

東伊豆町に所在する会社に勤務する亮太さんは、熱海市、伊東市、東伊豆町と、広い範囲に会社の製品を届ける部署にいる。

長年、温泉地を自動車で移動しているため、ホテルや旅館の変わりゆく様子も散々目にしてきた。経営不振のホテルが経営者の交代で見事に再生したり、逆に倒産後に買い手がつかず荒れ果ててしまったり……。

亮太さんがよく通る道沿いにも廃墟化したホテルがある。何者かによってドアを壊され、窓ガラスを割られ、壁には落書きをされたまま、放置されている。亮太さんはかつてのホテルの盛況ぶりを知っているために、通るたびに物悲しい気持ちになることもあるそうだ。

亮太さんはその廃墟ホテルの中に、時々人がいるのを見かけた。バーベーキューをするグループや廃墟探検に訪れた若者などだ。もちろん、彼らは生身の人間に間違いない。

ある日、亮太さんは二階の窓の近くに佇たたずむ中年男を見かけた。最初は彼のことをホームレスかと思ったそうだ。

だが、社内で「廃墟ホテルにホームレスが住みついている」と話題にしたところ、同じ道路を何度も通っている同僚は「そんな奴、見かけたことがない」という。亮太さんは不審に思った。

翌日も亮太さんは廃墟ホテルのある道を通った。すると、茶髪にアロハシャツを着た若者三人が自撮り棒を使って、写真を撮っていた。ホテルの壁の落書きの前でポーズを決めている。

若者達の真横には、あの中年男が立っていた。彼らとは随分距離が近い。しかし、彼らは一向に気にしていないようだ。中年男と若者達が知り合いとも思えない。その様子を見た時、亮太さんは「ああ、あれは、おそらく霊だな」と思ったという。

ある日納品ミスがあり、亮太さんは納品先まで二往復することになった。それがたまたま一番遠い得意先だったため、帰りには辺りがすっかり暗くなってしまった。

帰り道を急ぐ途中、廃墟ホテルの近くに差しかかった。できれば霊は見たくない。そのため、廃墟ホテルから目をそらしていたのだが、怖いもの見たさだろうか、近づくとつい視線を向けてしまった。

二階の窓際には、あの中年男が立っていた。いつもより背が高く見えたのは、どうやら男が台のような、何か物の上に乗っているかららしい。そして、手にはU字型に垂れ下がるロープのようなものを持っていた。

亮太さんはすぐに車を停めた。車中から見上げると、思った通り、その男は首を吊ろうとしていた。

救急車か警察を呼ぼうとして携帯電話を取り出した。だが、それでは間に合わないだろう。急いで二階へ行って止めなくてはと思い、車のドアに手をかけた。

しかし、相手は霊だ。霊なら死のうとしているのを止めても無駄だし、霊障を受けてはたまらない。

とはいえ、万が一生身の人間だったら、見て見ぬふりはできない。何とか自殺を思いとどまらせなくては。

男はロープを手で持ったまま動かない。止めに行くべきか、立ち去るべきか。

男がいよいよ首にロープをかけようとした瞬間、亮太さんは「あっ……」と声を上げた。男が青白く光っていることに気付いたのだ。

通常、車道から見上げて、真っ暗な廃墟ホテルの二階に人がいることなど分からない。なのに、男の姿が見えたのは、男の身体自体が発光していたからだ。

亮太さんは、「あれは霊だ!」と心の中で叫んだ。そして、自動車を急発進させた。心臓の動悸がしばらく収まらなかった。

とはいうものの、その夜、床に就いてから、もしも霊ではなく人だったらという考えが浮かび、頭から離れなくなった。亮太さんは一睡もできなかったそうだ。

早朝、霊かどうか確かめたいという思いに駆られた亮太さんは廃墟ホテルに向かった。そして、車中からおそるおそる二階の窓を見上げた。窓際には中年男の遺体がぶら下がっているかもしれない。だが、そこには何もなかった。

やはりあれは霊だったかと、亮太さんは安心した。霊を目撃したのに安心するというのもおかしな話なのだが……。

その後、亮太さんは廃墟ホテル内で二度と中年男の霊を見ることはなかったという。

この体験の後、亮太さんは緊急事態に遭遇した場合に備えて、救急救命の講習を受けたそうだ。なんとも真面目で責任感の強い人である。

そして、万が一、救助しようとした相手が霊だった場合には、除霊の方法を身につけていれば安心だと思うので、そういう講習を知らないかと私に尋ねてきた。

残念ながら、私には心当たりはない。力になれず、申し訳ない。

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