別離 旧天城トンネル(静岡県伊豆市〜賀茂郡河津町) | コワイハナシ47

別離 旧天城トンネル(静岡県伊豆市〜賀茂郡河津町)

仕事を通じて知り合った「マアちゃん」という年上の友人がいる。友人は静岡市在住の五十代の女性。私が「静岡にいるのなら、何か怖い話を知らないだろうか」と尋ねると、友人は「子どもの頃の体験談なら……」と言葉をにごした。

本当に怖い話は、思い出したくも話したくもないという。そこをどうにかとお願いして、友人の体験談を聞かせてもらうことができた。

それは四十数年前、川端康成の小説『伊豆の踊子』の舞台となった「旧天城トンネル」での出来事であった。

マアちゃんは、中学一年生の夏休み、伊豆にある親戚の別荘を借りて家族旅行をすることになった。その時、マアちゃんの仲良しで、同級生のチイちゃんも一緒に誘うことにした。

マアちゃんとチイちゃんは、幽霊の噂が数々ある「旧天城トンネル」を歩くのを楽しみにしていた。

旧天城トンネルは、明治三八年(一九〇五年)に開通した伊豆市と賀茂郡河津町を結ぶ石造りのトンネルである。長さ約四四六メートル。自動車で通ることもできるが、対向車とすれ違うほどのゆとりはない。

ここにはずぶ濡れの女性の霊が立っていたとか、自動車で通ると車体にたくさんの手形がつくとか、怖い噂が飛び交っていた。

ある日、マアちゃんとチイちゃんはお父さんと一緒に旧天城トンネルに向かった。トンネルの北側の入り口に到着したマアちゃんとチイちゃんは、肝試し感覚で二人で歩きたいと言い出した。了承したお父さんは先に歩き、南側の出口で待っていることにした。二人はしっかり手をつないで歩き始めた。

マアちゃんによると、トンネルの中は自分の手ですら輪郭がようやく分かる程度で、ずいぶん暗かったそうだ。当時のトンネル内は、今よりも照明が少なかったのかもしれない。

トンネルの中を進んでいくと、次第に外からの光が届かなくなった。

マアちゃんは恐怖のあまり、「絶対に手を離さないでね」とチイちゃんに頼んだ。それでも、だんだん怖くなってきて、気を紛らわそうと盛んにおしゃべりしたそうだ。

「タイムトンネルってこんな感じかなあ。向こうへ着いたら全然違う世界になってたりして……」

「お父さんが見えないけど、もう出口に着いたのかなぁ……」

一方のチイちゃんは黙って歩いていた。平気だったのか、それとも怖くて言葉が出なかったのか、それは分からなかった。

トンネル内の路面は舗装路のように平らではなく、所々に浅い水たまりがあるようで、時々足元で水が跳ねた。暗くて見えないので、避けることはできなかった。しかも、上からもぽたりぽたりと水が落ちてきた。二人は急いでいるつもりでも、ゆっくりとしか歩けなかった。出口は随分遠くに感じたそうだ。

黙っていたチイちゃんが立ち止まった。「靴ひもがほどけたから、結びたい」と言ったそうだ。マアちゃんは、やむをえずチイちゃんの手を放した。

「ねぇ、まだ?」

怖くて仕方ないマアちゃんは、早くチイちゃんと手をつなぎたかった。そのため、チイちゃんを急かした。

しばらくすると、チイちゃんがそっとマアちゃんの手を握ってきた。マアちゃんはホッとして、その手をぎゅっと握って歩き出した。

「さあ、急いで歩こうね」

チイちゃんは相変わらず何も言わない。

その時マアちゃんは、チイちゃんの手が濡れているのに気付いたそうだ。しかし、水たまりがあるから靴ひもを結ぶ時に、手が濡れてしまったんだなと思ったという。

歩いていくうちに、マアちゃんの二の腕がチイちゃんの服に触れた。チイちゃんの服は濡れていた。

「落ちてくる水がいっぱい当たってるの? 洋服、びっしょりだよ」

マアちゃんは心配になって聞いた。

何も答えないチイちゃん。顔を見ても、暗くて輪郭くらいしか分からなかった。

その時、「マアちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。

「なあに? チイちゃん水が冷たいの?」

マアちゃんの質問には答えず、また「マアちゃん」と呼ぶ声が、小さく聞こえた気がした。すぐ隣にいるのに、遠くから聞こえるかのような細い声しか出ないのは、チイちゃんはよほど怖いのか、寒いかだろうと思ったそうだ。

チイちゃんの様子が変だから急いでトンネルを出ようと、マアちゃんはしっかりと手を掴んで、ずんずんと進んだ。

やっとトンネルの出口が近づいてきた。お父さんの姿が逆光で黒く見えた。マアちゃんはホッとしてチイちゃんを見て言った。

「もうちょっとだよ。大丈夫?」

その時、出口からの光でチイちゃんの顔がはっきりと見えた。

次の瞬間、マアちゃんは手を放して飛び退いた。

マアちゃんがしっかり手を握っていたのは、血だらけの少女だった。

顔中血だらけ。服もどす黒く濡れていて、腕からも血が流れ落ちていた。

でも、血だらけの少女は、チイちゃんの顔をしていた。

マアちゃんは、お父さんの元へ走り寄った。

「チイちゃんが大変だよ! チイちゃん、血が出てる!」

お父さんは驚いてトンネルの中に走り込んだ。預かっている他所の娘さんがケガをしたなら大変だと思ったからだ。

するとトンネルの中からチイちゃんが、ぷりぷりと怒りながら出てきた。

「もう! 待ってって呼んでるのに!」

チイちゃんはマアちゃんを呼んでもどんどん行ってしまったと怒っていた。お父さんはチイちゃんが無事でホッとした。

マアちゃんが見たのは恐怖が作りだした幻想だったのだろうか。血だらけのチイちゃんに触れたと思っていた自分の手には、全く血はついていなかったそうだ。

それ以来、マアちゃんはチイちゃんの顔を見ると、血だらけの顔を思い出し、チイちゃんを避けるようになってしまったそうだ。そして、翌年にはクラスも別れ、お互いに別の仲良しができて疎遠になってしまった。そして、四十数年が過ぎた。

マアちゃんは大人になってから、何かで旧天城トンネルの噂話を聞いた。その中には狭いトンネルで交通事故に遭って亡くなった少女の霊がいるというのもあって、改めてゾッとしたそうだ。交通事故が本当なら、亡くなった少女は同じ年頃の仲良し二人組がうらやましかったのではないかと思ったそうだ。

しかし、もしも事故に遭った霊なら、なぜチイちゃんの顔に見えたのか。たまたま似ていただけなのか、霊がチイちゃんにとりついてしまったのか。

どちらにしても、チイちゃんのせいではないのに、友情が壊れてしまったのは本当に残念で申し訳ないと語る。

しかし、私が「チイちゃんが今どうしているか、探してみては?」と言うと、「もしも顔が血まみれに見えてしまったらと思うと、ちょっと……」と再会を望まぬ答えが返ってきた。

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