誘う声 城ヶ崎海岸 (静岡県伊東市) | コワイハナシ47

誘う声 城ヶ崎海岸 (静岡県伊東市)

「城ヶ崎海岸」はごつごつと荒々しい岩肌の断崖絶壁が連なる岬。サスペンスドラマのラストシーンによく使用される岬と言えば、その風景が目に浮かぶ人も多いのではないだろうか。

伊東市に住む明さん・美津江さん夫婦は、東京から遊びにきた大学生の姪・慶子さんを連れて伊東市の観光スポットを案内した。一碧湖、大室山、小室山と車で回って、最後に城ヶ崎海岸を訪れた。

明さんは、岬近くの駐車場に車を止めた。駐車場から断崖絶壁の海に架かる「門脇吊橋」までは、歩いてわずか一、二分。手軽に秘境気分が味わえるのも、城ヶ崎海岸の人気の秘密かもしれない。

門脇吊橋は長さ四十八メートル、高さ二十三メートル。吊橋の上から荒々しい海を見下ろすのはスリルがある。

デジカメを持っていた美津江さんは、吊橋の上ですれ違う観光客に頼んで、三人の記念写真を撮ってもらった。

吊り橋を渡り終え、整備された遊歩道から海側へ逸れると、火山岩の岩場を歩いて断崖絶壁ぎりぎりまで行くことができる。しかし、岩場はごつごつとした凹凸おうとつが無数にあり、足を置く程度の平らな隙間さえもない。そのため、バランスが取りづらくて歩きにくい。しかも、崖には柵もない。バランスを崩し、海へ落ちたら命も危ない場所なのだ。

しかし、断崖絶壁近くまで行けるとなると、迫力のある写真を撮りたいと思うのが人の気持ちというもの。美津江さんは明さんにデジカメを渡し、女性二人が履いている靴では岩場は歩けないので、代わりに断崖絶壁から見える海の写真を撮って来て欲しいと頼んだ。

吊橋から真下の海を撮影しただけで十分だろうと、明さんは断った。

だが、美津江さんは「それなら自分で行くからいい」と言い出した。

後で美津江さんに岩場で足をひねったとか、靴がボロボロになったとか、文句を言われると厄介だ。明さんはしぶしぶ引き受けることにした。

明さんは岩場を慎重に歩いた。立ち止まって振り返って見ると、吊橋のたもとにいた二人は、手を振り回して「もっと崖っぷちに近づけ」と言っているようだ。二人の声が微かすかに明さんの耳にも届いた。

「もっと。もっと向こうへ」

仕方なく崖に近づく明さん。

すると、「もっと向こうへ」と言う声が、今度は先ほどよりも大きくはっきりと聞こえてきた。

不思議に思った明さんがちらりと振り向くと、二人はさらに激しく腕を振り回していた。言われたとおりに、明さんは一歩ずつおそるおそる崖に近づいた。

いよいよ崖のへりが見えてきた。明さんは少し岩が平らになっている場所を見つけ、慎重に両脚を乗せた。これ以上は先に進めない。

にも関わらず、「もっと向こうへ」という声が相変らず聞こえてくる。

明さんは「ふざけるな」と思いながらも、美津江さんの希望をさっさと叶えて、引き返そうと思い、断崖絶壁をのぞき込んでデジカメを構えた。

すると、「もっと〜。向こうへ飛んで〜」と声が聞こえたそうだ。と同時に、明さんは意識が遠のくような感覚になり、体がすうっと下がって行った。

気付くと、しゃがみ込んで、両手は左右の岩をしっかりと掴んでいたそうだ。崖下に目をやると、美津江さんから預かった白いデジカメが海を目がけて落ちて行くのが見えた。

気分が悪くなった明さんは、やっとの思いでその場を離れた。

美津江さんと慶子さんは岩で靴が傷むことなど忘れ、明さんに駆け寄った。そして明さんをこっぴどく叱った。

二人は「これ以上、崖っぷちに近寄るな、戻れと、何度も言ったのに……。どうしてあんな危険なところまで行ったの!」と激しい剣幕でまくし立てた。それは、明さんが聞いていたのとは、正反対の言葉だった。

城ヶ崎海岸では、断崖絶壁から転落する事故が後を絶たないそうだ。中には、明さんのように、正体不明の女性の声に誘われる人もいるのかもしれない。

明さんはすんでのところで命拾いしたが、女性の靴二足とデジカメを購入するはめになってしまった。

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