Mさんは沖縄の出身である。
ある夏、Mさんは地元の海岸に友人たちと泳ぎに出かけた。そこは波の状態がいいらしくて、各地からサーファーたちがやって来るちょっとしたスポットなのだそうだ。
昼下がり、Mさんがひとり泳いでいると前方の波間にぬっと人が現れた。
アメリカ兵と日本兵だ。
驚いてそれを見ると、そのふたりは海面に腰から上だけを出し、アメリカ兵は凄い形相をして、両手を伸ばして日本兵の首をぐっ、ぐっと絞めている。
Mさんはその場からただ逃れようと必死に沖に向かって泳ぎだした。すると今度は、ぐっと海の底から右足首をつかまれた。
わあ!とMさんは悲鳴をあげてなんとかそれを振りほどこうとする。が、身体が前にもうしろにも進まない。と、
「そっちは危ない」
という声がして、ザッと海面から足首をつかんでいた者がその上半身を見せた。
大おお火傷やけどを負った子供だったという。その子が陸に向かって引っ張っていくのだ。
Mさんの頭の中は真白になった。はっとして左手前方を見れば、はるか向こうに洞どう窟くつのある岩場があって、その洞窟の中に大勢の人たちが立ってこちらを見ている。モンペに頭巾姿の女性や子供、戦闘服姿のような男たちもいる。明らかに戦時中の人たちだとわかる。ふっと友だちのいる浜辺を見た。
友人たちも浜辺からその一部始終を見ていたようで「早くこっちへ来い!」と大声を出しながら大騒ぎをしている。その瞬間、ぱっと足首をつかむものの感触がなくなり、身が軽くなった。
Mさんはその後、どうやって浜辺まで泳ぎ着いたのかは覚えていない。
ただ、浜に着いて、つかまれた足首のあたりを見ると足の毛がチリチリに焼けていて、軽い火傷を負っていたという。