大阪の〝D〟という若手漫才コンビに、横浜での仕事が入った。
ふたりは、前日に横浜に来て新横浜駅の近くにあるホテルに宿泊した。
〝D〟はK君とM君のコンビ。ふたりには隣同士の部屋が割り当てられていた。
夕方に着いて荷物を置くと、すぐにふたりは繁華街に繰り出した。ホテルに戻ったのは夜十一時を過ぎていたという。
M君がベッドに横になりテレビを見ていると、隣の相方の部屋からシャーッというシャワーの音がする。同時に楽しそうな話し声も聞こえてきた。雰囲気からするとなにやら電話で彼女と話をしている様子だ。会話がはずんでいる。
ふと時計を見た。深夜の十二時過ぎ。
M君はそのまましばらくテレビを見ていたが、隣から漏れるシャワーの音と電話の声が、ずっと続いている。
(あいつ、シャワー出しっ放しやないか、なんしとんねん)
やがて二時を過ぎ、テレビ番組の放送を終了する局も出てきた。
まだ、シャワーの音と話し声はぼそぼそと続いている。
なにか笑ったりもしているようなので、よほど彼女との会話が楽しいのだろう。
(あいつ、どんな会話をしてるんやろう)という興味が湧いてきた。(明日になったらあいつ、冷やかしたろ)という気も起こって、コップを手に取ると隣の壁にあてて、耳を澄ませた。
ところが話し声は聞こえるが、会話の内容がさっぱり聞き取れない。位置を変えてみるがやはり同じ。ただ愉快そうな笑い声だけは耳にはっきりと残るのだ。
そのうちばかばかしくなって寝ることにした。
しかし、まだ話し声は聞こえる。
結局M君が寝こんでしまうまで、シャワーの音と話し声は延々と続いていたのである。
翌朝、ロビーで相方のK君と会った。さっそくM君は冷やかしにかかった。
「お前なあ、ええかげんにせえよ。いちゃいちゃ彼女と長話しやがって。俺、うるそうて寝られへんかったやないか」
するとK君は「俺、あの部屋にはおらんかったで」と言う。
「なに言うてんねん。声してたがな」
「いや、俺、すぐ部屋替えてもろたから……」
K君はこんなことを言う。
部屋のベッドに仰あお向むけに寝っころがって、タバコを吸っていたという。
吸い終えたタバコを灰皿に落として、さあもう一本、と思うが、テーブルに置いたはずのタバコの箱がない。(あれ?)と部屋を見回すが、どこにもない。
で、まさかと思ってベッドの下を見ると、あった。
(なんでこんなところに落ちたんやろ)と、今度は枕元にタバコの箱を置いて、二本目を吸った。吸い終えるとまたタバコの箱がない。そしてベッドの下をのぞくとある。何度かそんなことが繰り返された。
絶対に、ここからベッドの下に落ちるわけがないと思っても、気がつくとタバコの箱はなくなっていて、必ずベッドの下にある。
気持ち悪くなってフロントに電話をしたら、なにも言わず、部屋をすぐに替えてくれたのだという。
「そやから、あの部屋には俺、おらんかったんや」
「えっ……」とM君は絶句した。
「そやったら、俺の聞いてたあの声はなんやねん!」
不思議なことに、フロントが最初にK君に宛てた請求書に、電話代として三千幾円かの明細があったのだ。
「僕この部屋、使ってませんよ」とK君が言うと「あっ、失礼いたしました」とフロント係はあわててその請求書を戻そうとする。
(ひょっとして)と思ったM君は、「ちょっと、その電話の通話先ってわかります?」と調べてもらった。コンピュータの明細には、
「通話先──────」
と記載されていた。つまり、どこへもかかっていない。だが無人の隣の部屋の電話はどこかとつながって、誰かが会話をした。そして三千幾円分の請求書が残ったのである。