Oさんが中学生の頃、学校の課外授業で大阪柏原市郊外のキャンプ場に合宿に行った。もう十数年も前のことになる。
ひとグループ五、六人に分かれてバンガローに寝た。
真夜中、みんなが寝しずまった頃のこと。Oさんはうとうとしていたが、突然、隣に人の気配ではっとした。
すぐ隣に誰かが正座している。
そんな気がして、あたりをよく見ると、部屋の電灯は消えているが、外の月明かりを受けて、すぐ前に本当に正座をしている人がいる。それが黒いシルエットとして見えるのだ。
(隣のAの奴が、寝ぼけて正座してるんやな)と、最初Oさんはそんなことを考えていた。その正座をしている人は、こっくり、こっくりと頭を前後にゆらしている。
(ほらほら、そないに眠たいんやったら、寝袋にくるまってちゃんと寝たらええのに)と、なおもOさんは思う。
しかし、だんだん様子がおかしくなってきた。
こっくり、こっくりと船を漕こいでいるようなその人影の振幅がだんだん大きくなっていく。
カクン、カクン、ガックン、ガックーンと、正座をしたまま前にうしろにその人影が身体を振り子のように大きく前後に揺らす。と、その度にブーン、ブーンと空気を切るような音がしだした。
そこではじめてOさんは、これは人間ではない、と感じた。
と、そのままそれが重心を崩したように前のめりに、バッタ────ン!と倒れた。
その音が、バンガロー中にぐわあ───んと大きく響き渡った。
(あっ、みんなが起きる)とOさんは思った。それほど凄すごい衝撃がバンガローに広がったのである。しかし、誰もこの衝撃音に気づかなかったかのようにしーんと寝静まっている。見ると、その倒れたはずの人影が跡形もなくなっている。
隣のA君を見た。
寝袋にくるまって、寝息をたてているA君がそこにいる。
いっぺんに怖くなって、Oさんは寝袋の中でがたがた震えだした。
と、今度はポリポリポリッ、ポリポリポリッと、誰かがなにかをかじっている音がする。
(もう堪忍してくれ!)とOさんは祈るような心持ちである。
だが、ポリポリポリッ、ポリポリポリッという音はやむ気配がない。
(見たらあかん、そっち見たらあかん!)
とは思うのだが、好奇心の方が勝ってしまって、またその音のする方を見てしまった。
今度は一番端に寝ている友だちの枕元に、誰かが正座している。
今度は影ではなかった。髪の毛を長く垂らした、着物姿の女。それがはっきり見える。その女が友だちの顔をのそっとのぞきこみながら、右手でなにかを口の中に運んで食べている。
ポリポリポリッ、ポリポリポリッ……。Oさんはなんとなく、あの女の人は生米を食べていると思ったそうだ。
(わっ、えらいもんを見てしもた!)
Oさんはそのまま寝袋を頭までひっかぶって震えたまま寝たらしく、目が覚めたら朝であった。
友だちが騒いでいる。
一番端に寝ていた友だちの枕元に、ばらばらっと米が散乱している。それを見て仲間たちが、「お前、夜中に寝ぼけて米食うたやろ」とか言っている。
はっとOさんの中で夜の女の姿が甦よみがえった。
「あれは夢やなかったんや!」と。
帰る時、管理人のおじさんに、「あのバンガローに正座してる女の幽霊が出たよ」と言うと「ああ、ここはよう幽霊出るねん」とアッケラカンと言われたという。