同じ漫才師のM君の体験である。
ある年の八月のこと。広島での仕事が入って市内のホテルに泊まった。
ベッドに寝ころがってテレビを見ていると、窓のカーテンがぶわっと波を打った。
(窓が開いてる?)と一瞬思ったが、ここはホテルの七階。窓が開くはずがない。
だがひょっとして、とカーテンの向こうを見てみるが、やっぱり開くような窓ではないし、風の通るような場所もない。
気のせいか?と思って、またベッドに戻ってテレビを見る。
ぶわっと、またカーテンが波打った。
(どうしてだ?)と思ってカーテンを見る。
と、焦げくさい臭いがぷんと鼻にきた。そしてまたカーテンがぶわっぶわっと二回波立った。
「なっ!」とM君は声をあげた。
動きの止まったカーテンの裾すそに黒く焼けただれた手が、のそっと現れたかと思うと、すぐカーテンの陰に隠れた。
今なにを見たんだ?としばらく茫ぼう然ぜんとしていたが、なんとなく、もしかしたら、とM君はわかった気がした。
その部屋の臭いは朝まで消えずに残ったという。
八月六日。そして近くに平和公園があった。