マッサージ店の常連客(東京都) | コワイハナシ47

マッサージ店の常連客(東京都)

都内で足ツボ専門のマッサージ店に勤務するR子さんの話である。

R子さんの勤める店は全国で二十店舗以上を展開している大手のマッサージ店である。業界の一般的な値段設定よりもひと回り高額なのだそうだが、その分、内装を豪華にし、備品や機材なども高級なものを使用しているという。女性客を中心に口コミで広まり、昼間の時間帯は有閑マダムたちで予約はほぼ埋まっているそうだ。

「メインの客層は主婦ですが、夕方からは男性の方も多いです。外回りの営業マンが帰社前にさぼって寄るパターンですね」

R子さんの常連客にAという男性がいた。Aは四十代中頃で、他の男性客同様、外回りの営業マンであるらしかった。しかし風貌はとても営業向きとは思えない。ひどい猫背で、陰気を身に纏まとったような雰囲気だった。落ち窪くぼんだ眼がん窩かに掛かっている厚いレンズの銀縁眼鏡と、そこから見える陰湿そうな眼差しが、男が神経質であろうことを物語っていた。躯からだも異常なほど痩せている。

──気持ち悪い。

それがAの最初の印象だった。

R子さんを指名するようになったのは、あることがきっかけだったという。

男が初めて来店したとき担当したのは、C子という新人女性だった。C子が施術に入った途端、Aは突然大きな声で怒ど鳴なった。

「おい、なんなんだこの店は。荒っぽくひとの足を触りやがって!」

静寂に包まれた空間に怒声が響き渡った。他の客も一斉にAのほうを見る。

「あン?なに見てんだよ、そこの糞ババア!てめえが足裏みてえな顔しやがって。おい、あんたはもういいからよ、店長だせよ、店長ッ」

店内に緊張が走る。単に変わった客ならたくさんいるが、ここまで粗暴なひとに接するのはR子さんも初めてのことだった。C子は愕いてしばらく固まっていたが、はッと顔を手で覆うと、裏の休憩室に隠れてしまった。

その日、店長は休みだった。R子さんは副店長を任せられていたので、店長が不在の日は、店長代理を務めなければならなかった。

すぐに男の元にR子さんは駆け寄った。しかし、この場をどんなふうに収めればいいのか、わからない。胸が高鳴った。

とりあえず店長が休みのことを伝え、代わりに私が施術しますがいかがでしょうか、とR子さんはいった。そういったことで腹が据わったのか、少し気持ちに落ち着きが出てきた。

品定めをするようにR子さんの全身をじろりと見る。中指で眼鏡のブリッジを二度三度、男は擦った。

「……ったく、しょうがねえな、わかったよ」

男の足元に座り、足に触れる。その瞬間、彼女はなるほどと思った。足指の股という股に水泡とひび割れができていて、それがふやけて皮膚が剥離している。潰れた水泡から滲み出た膿で足先はべとついていた。

足白癬──ひどい水虫だったのである。

おそらくC子は水虫の箇所をなんの配慮もなく触ってしまったのだろう。それで男を怒らせてしまったのに違いない。これまでにも水虫に罹り患かんした客を数多くR子さんは見てきた。それ自体はさして珍しいわけではない。しかし、ここまでひどくなっているケースは初めてだった。

水虫の箇所に触れないように、丹念にマッサージをしていく。男は眼を閉じているが、ムスッとした表情は微動だにしない。つぶさに客の表情を読み取りながら指圧の強さを変えていくのだが、無表情とあって、なんともやりにくい。

時間になり施術を終えると、なにごともなかったように金を払い、男は帰っていった。

それからだった。

週に二度から三度、Aは来店するようになった。毎回一番高額な九十分二万円のコースに入り、必ずR子さんを指名してくる。

「うちは、はっきりいって高い店なので、なんの仕事しているんだろうって、スタッフたちとよく話していました。ひと月にうちだけで十万円以上も使っていただいているわけですから。不思議と私にはなんのクレームもいってこないので、いいお客さんといえばいいお客さんでしたが」

水虫の症状はひどくなる一方だった。これほどの状態なら歩行もままならないはずなのに、とR子さんは思った。

「悪い気の流れは下半身のほうに回ってくると私たちは考えています。殆どのお客様は調子がすぐれないとか疲れが溜まって来店されます。そういった悪い気は移ってしまうんですね。施術者のほうに負担がきてしまうんですよ」

実際、辞めていくスタッフが多かった。体調を崩す者や全身に妙な吹き出物ができてしまう者、精神が不安定になってしまう者もいた。

「仕事を始めた当初は、私もやはり体調を崩しました。顔中にニキビもたくさんできて。でも、ある日コツを見つけたんです。躯をリセットしてあげるんですよ。徐霊とまでいうと大袈裟ですけど、仕事帰りに家の近所の小さな神社にお参りするんです。といっても、鳥居をくぐって頭を下げてくるだけですが。もう日課みたいなものですね」

そうしていたところ、客の健康状態が足を見るだけでわかるようになったという。むくみや外反母趾、躯の歪みはもちろんのこと、肌質や血色、色つやなどから、かなり高い確率で躯の悪くなっている場所を的中させることができるそうだ。R子さんいわく、オーラのようなものが見える、とのこと。

そんなある日の夜。

Aが来店し、九十分二万円のコースでR子さんを指名してきた。そのとき、彼女は別の客を施術中で、一時間は待たせるようだった。R子さんは肝を冷やした。また大声を出すのではないかと思ったからだ。しかし、そんな心配はよそに、待合室の椅子に男は俯いておとなしく座っている。やがてAの順番になった。店のショートパンツに穿き替えた姿を見て、彼女は愕いた。

露出した膝から下が真っ黒だった。一瞬、日焼けかと思ったが、よく見ると、青紫と黄色の層になった斑点が脛から脹ら脛、足の甲に至るまで隈なく浮き出ている。ひどい打ち身のようになっていた。

事故にでも遭ったのか。それともなにか暴行でも受けたのだろうか。でもなぜ足だけがこんなふうになっているのだろう。──が、それを訊くのは躊躇ためらわれた。またいつ男がキレ出すか、わかったものではない。それに、いつものように自分にだけ見えている現象なのかもしれなかった。

普段と変わらないように、無言で足をマッサージしていく。なにか打ち身のようなものだとしたら、普通、足がこんな状態なら店に来ることなどありえない。どんなに触れても、Aは痛がる様子を見せなかった。それどころか、いつもは不機嫌そうな表情でマッサージを受けているのに、その日は、なんとも気持ちよさそうな顔をして、瞼まぶたを閉じている。足の変色は、やはりR子さんだけが見えている、なにかのようだった。

──こんな色になるほど悪い気を溜め込んで、このひと大丈夫かしら……。

いつにもまして、入念にマッサージを施した。やがて九十分が経ち、そろそろ終わろうとしたとき、R子さんは男の顔を見て言葉を失った。

眼にうっすらと涙を浮かべ、唇の端から涎よだれを垂らしながら嗤わらっていたからだった。

その日のシフトは遅番だった。

最後の客だったAを送り出し、仕事を終えると夜の九時を廻っていた。店の前で同僚と別れ、R子さんは駅に向かう。

おなかがすいた。今晩の夕飯、どうしようかな。

そんなことを考えていた彼女の耳に駅のアナウンスが流れ込んできた。

人身事故。

つい今しがた駅のホームで事故があったという。そのため上下線とも遅れる見通しとのことだった。駅を歩くひとたちは一様に聞き耳を立てている。腕時計を指差しながら駅員に文句をいっている者もいた。

仕方なく、駅前のコンビニでメロンパンとミルクティーを買い、外のベンチで座って食べた。夕飯を愉しみにしていただけに、なんだか一食を無駄にした気がする。結局、自宅に着いたのは十一時過ぎだった。

その日以降、Aは店に来なくなったという。

シェアする

フォローする