頑固オヤジの店(長野県) | コワイハナシ47

頑固オヤジの店(長野県)

長野県に住むAさんの話である。

Aさんの地元にジンギスカンの美味しい店があるという。

小ぢんまりとした店だが、口コミを中心に人気が出て、常に客足が絶えないそうだ。

オーナーは四十代半ばの偏屈を絵に描いたような男で、客を客と思わない横柄な振る舞いに、知らずに入った者は怒り出すこともあった。

「肉の投入のタイミングとか野菜のうえに肉をのせて間接焼きしろとか、そりゃあ、うるさくて。自分で焼く意味がないってもんです。よくある頑固オヤジの店ってやつですかね。それでも他と比べて格段に味がいいので、客はかなり付いていましたけど」

十ヶ月ほど前のある日、Aさんが店に行くと、オーナーはどこか具合が悪そうだったので、訊くと風邪をひいたといっていた。

その数日後のこと。

『しばらく休みます』と乱暴な字で書かれた紙が、店の入り口のドアに貼られた。

風邪をこじらせてしまったのかな、そうAさんは思ったが、それからほどなく、街なかで偶会した常連客のHさんから、オーナーが亡くなったことを知らされた。

「吃驚しましたよ。風邪をひくまではピンピンしていましたから。空手だか柔道だか、格闘技をやっていたそうで、体つきもがっちりしていて、そんな風邪くらいで死ぬようなひとには思えないんです。でも、人間なんて逝くときは、案外そんな感じかもしれませんが」

店は畳んでしまうかと思われたが、オーナーの弟夫婦が会社勤めを辞めて、経営を引き継ぐことになった。オーナーに教わることなく始めるのだから、味が落ちるのは必至だった。が、常連客が半分教えるような形で、今のところ店は続いているそうである。

「脱サラまでして引き継いでいますから、弟さん夫婦も真剣ですよ。毎日遅くまで頑張っている甲斐もあって、最近はだいぶよくなってきましたよ。亡くなったオーナーの頃と比べても遜色ないんじゃないかな。新しい客も付いて、結構繁盛しているようです」

ところが最近、変な噂が流れているという。

「Jさんという五十年配の古い常連客がいるのですが、この二年ほど四国のほうに単身赴任していたそのひとが、先頃帰ってきたとき、久しぶりに店に行ったところ──」

入り口の扉が閉まっていた。ドアには準備中の看板が掛かっている。腕時計を見ると、夕方の六時だった。

──おかしいな、前は五時といえばもう開いていたはずだが……。

すると、背後に誰かが立っている気配がする。客だろうか。

まだやってないよ、そういおうとして、Jさんは後ろを振り向いた。

オーナーが、立っていた。二年ぶりの再会である。

「いやあ、どうもどうも。すっかりご無沙汰しちゃって──」

Jさんはそう挨拶をしたが、オーナーは頷くだけだった。無言である。焦点の合っていない虚うつろな眼差しで、Jさんのすぐ眼の前に立っている。

なんだか気まずくなり、Jさんは視線を一旦反らした。そして再びオーナーのほうを見ると、忽然と姿が消えている。

店に入ってしまったのか。しかし、それにしても──。

不思議に思ったが、ちょうどそのとき、入り口の施錠を開ける音がした。

がらがらがら、と引き戸を開けて顔を出したのは、オーナーではなかった。知らない男の店員である。新しい従業員でも雇ったのかと店内に入ったが、ついさっき会ったばかりのオーナーの姿がどこにも見えない。

「新しいひとだね。今日はオーナー、店に出ないのかな」

そう尋ねると、店員は、はッとした表情になった。愕おどろきながらも、なにか言い澱よどんでいるようだった。

「いや、前のオーナーは亡くなったんです。……ご存じなかったですか。私は弟なんです。兄の死後、この店を引き継ぎました」

俄にわかに鳥肌が立った。

つい今しがた、店の前でオーナーに会ったばかりではないか。会話という会話はしていないが、あれはオーナーに間違いない。自分が挨拶をしたら頷いていたではないか。

その話をすると、店員は一層愕いた顔をした。が、なにか心当たりでもあるのか、「そんなことがありましたか」といったきり、黙ってしまったという。

また一見客のRさんはこんなことを語った。

半年ほど前のこと。

Rさんは友人とふたり、初めて店に入ってみたという。

地域のグルメサイトで事前に店の評判を知っていたので、最初から何皿も注文し、肉を焼き始めた。

インターネットの情報では口うるさい店主がいるとのことだったが、別になにもいってこない。誰が店主か知らないが、店員の感じは悪くなかった。いや、むしろ周辺の店に比べて丁寧なほうである。

──グルメサイトなんていいかげんなものだな。

そう思いながら肉を焼いていく。友人とは久しぶりだったので会話も弾み、すっかり話し込んでしまった。

慌ててジンギスカン鍋に眼をやると、──肉が一枚ものっていない。野菜がじゅうじゅうと音をたてながら焼けているだけである。

見ると、友人はキョトンとした顔で、手元の取り皿を指さしている。Rさんも自分の取り皿を見て、ぎょっとした。ほどよく焼けた肉が何枚かのっている。自分だけでなく、友人のほうにも同じ量が取り分けられていた。無意識に鍋から箸で取っていたのだろうか。いや、そんなことはしていない。

「肉の焼け方を見ると、たったいま鍋から取り上げたばかりの感じだったそうです。口に入れたら熱かったみたいですから。もうこれ以上ないくらい、ちょうどいい焼き加減だったそうですよ」

それ以降も、同じようなことをいう客が何組かいたそうである。

後日、オーナーの弟さんはAさんにこんなことを語った。

「兄が口うるさかったのは常連の方からよく聞かされますが、単にお節介なだけなんですよ。美味しく食べてもらいたい気持ちからそうなってしまうんでしょう。健康にとても自信があるひとでしたから、おそらく自分が死んだことを理解していないのかもしれませんね」

成仏できていないのではないか、とも考えたが、別にそれ以上の怪しい現象は起こらないので、店に関しては特に供養や御祓いはしていないそうだ。経営はうまくいっているのだし、少しぐらい変わったことがあるほうが話題になるのでは、と考えたという。

商魂逞しいというか、なかなか強かではないか。

現在、店は繁盛店として、口コミサイトで上位をキープし続けているとのことである。

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