旧い記憶(長野県松本市) | コワイハナシ47

旧い記憶(長野県松本市)

この話はネタの提供者である私の友人A君が、過去に自身のブログにアップしたことがあるそうなので、すでに知っているという方もおられるかもしれない。

最初にA君からこの話を聞いたのは、二年前の八月の猛暑の最さ中なかだった。

効きの悪い、冷房の音ばかりがうるさい喫茶店の窓際席で、A君と私は膝をつき合わせていた。話を聞きながら、私はあることを思い出していた。

最初、頭の片隅に薄ぼんやりと生じたそれは、A君が話を終える頃には、はっきりとした形で私の脳裏に浮かんでいた。記憶の奥に仕舞い込み、すっかり忘れていたあることを、その話は突然思い出させたのである。

是非この話を私に書かせてはもらえないだろうかと、A君に打診をし、了解を得た。

話の舞台は私の故郷でもある信州松本である。体験者はA君の父親であるFさんだという。

A君が語ってくれたオリジナルの話に極力脚色が加わらないよう努め、曖昧な部分に関しては、実際の土地を訪れ、綿密に下調べをしたうえで書くようにした。

A君が小学四年生だったというから、今からちょうど三十四年前のことである。

その当時、A君の父親のFさんは長野県にある信州大学の理学部で教鞭を執っていた。

九月初旬のある日、Fさんはゼミの学生四人を引き連れて、上高地へフィールドワークに出掛けたそうだ。

夕方からぽつりぽつりと降りだした雨は、調査を終える頃には本格的な降りとなっていた。大型の台風が近づいていたのである。

雨具を脱ぎ、急いで車に乗り込むと、時刻はすでに夜の十一時を廻っている。

この上高地へは、Fさんの車に学生たちを乗せて来ていた。

平成八年度から上高地はマイカー規制が敷かれているが、三十四年前の当時は、七月と八月以外は車を自由に乗り入れることができたのだった。

Fさんは学生たちを大学キャンパスまで送っていかなければならなかった。彼らは全員が県外出身者とあって、学生寮や大学付近にアパートを借りて住んでいる。多少帰りが遅くなってしまっても大丈夫だろうと、Fさんは考えていた。

その日は朝早く出発したこともあり、車を発進させるとすぐに学生たちは寝入ってしまった。

「なんだよ、お前ら若いくせにだらしがないな。ひとに運転させておいて先に寝るとは。まったく──」

雨脚は激しくなる一方だった。ワイパースピードを速めても、まったく意味がない。視界はヘッドライトが照らす僅か数メートルばかり。暗闇のなかを少しの明かりだけを頼りに、Fさんは腋わきに冷たい汗をかきながら、ハンドルを握った。

現在ではアスファルトで舗装されている道路も、当時はまだ未舗装だった。至るところにできたぬかるみにハンドルをとられながら、顔を殆どフロントガラスにくっつけるようにして車を走らせた。

いつもは穏やかな流れの梓川はかつて見たことがないほど水量が増している。まるで巨大な生き物のように黒々とうねり、河川敷に生い茂っている潅木を根こそぎなぎ倒しながら流れていた。

国道一五八号線に入ってからは、民家や街灯もぽつぽつと見え始め、やや安堵を得た。

更に車を走らせること三十分。

市街地に入っても、雨脚は変わらず強いままだった。むしろ風の勢いは強くなっている。それでも盛り場はいまだ明るいネオンに包まれていて、それを見ると、なにか地獄から生還したような、そんな気分になったという。

信号待ちのため、交差点で車を停めたFさんは深い溜め息を吐いた。腕時計を見ると、深夜の一時を少し廻っている。

「あと十分ぐらいで着くかな」

そう呟いたが、学生たちは起きる気配がない。仕方ないなと、カーラジオを点けた。

ひび割れた音で尾崎紀代彦の『また遭う日まで』のイントロが流れてくる。しかし、外の雨音にかき消されてよく聴こえない。Fさんはボリュームを上げた。その陽気なメロディーで、助手席で眠っていた男子学生が眼を覚ました。

「あっ、着きましたか。すみません、先生に運転させて眠ってしまって──」

「起きたか。まあいいさ。俺の車だ。お前らに運転されてぶつけられたら堪たまったもんじゃないよ。それより、そろそろ後ろの連中を起こしてくれないかな」

Fさんがそういうと、男子学生は手を叩いて眠りこけている他の学生たちを起こしていった。

次の信号を右折すれば、S大学までは眼と鼻の先である。キャンパスの手前の交差点に差し掛かったとき、後部座席の女子学生が突然声を上げた。

「えッ、やだ、なにあれ──」

バックミラーを見ると、女子学生は眼と口をあんぐりと開けて、フロントガラスのほうを指差している。

「……白いものが見えませんか、前に」

皆一斉にフロントガラスの先を見たが、雨の勢いが強く、いかんせん視界が悪い。

Fさんはワイパーの速度を上げてみた。ワイパーが雨垂れを切った僅かな瞬間、ヘッドライトの光こう芒ぼうが闇を照らす先に、なにか朧おぼろ気げな、白い影が見えた気がした。それはちょうど学生たちを降ろす予定にしていた道路脇の空き地だった。

徐行しながら近づいていくと、白い影はFさんにもはっきりと見えた。

女だった。

バケツをひっくり返したような土砂降りのなか、女が傘も差さずにひとり立ち竦すくんでいる。九月の初旬とはいえ、信州は深夜ともなれば、すっかり肌寒い。そのうえ、雨まで降っているのだ。

濡れそぼった白い服(ワンピースのようだったが定かではないという)は肌に張り付いていて、華奢な躯からだの線がはっきりとわかった。ヘッドライトに煌こう々こうと照らされた顔は、濡れた黒髪で覆われていて、顔立ちや年齢は判然としないが、おそらく若い女性だろうとFさんは思った。

女の立つ手前で車を停め、ヘッドライトを消した。

「やだ、なに」

女子学生の声に後ろを向いたが、皆の様子がおかしいので前に向き直ると、愕きのあまり言葉を失くした。

いつのまに移動したのか、女は運転席のすぐ真横に立っている。学生たちは声にならない声を漏らした。

気味が悪いと思いながらも、なにか困っているひとかもしれないとFさんは考えた。S大学には附属病院もあるのだ。もしかしたら入院患者なのかもしれない。この大学の関係者として、黙って見過ごすわけにはいかなかった。

雨が強いため、運転席のウインドウを少し開けて、声を掛けてみた。

「大丈夫ですか」

女の顔はFさんのすぐ眼の前にあるというのに、青白い街灯が逆光となって、表情は見えない。灯りのためか、露出している肩や腕が異常なほど青白く見える。

女はFさんに向かって、

「上高地まで、乗せていってくれませんか」

まったく予期していなかった言葉に、思わず絶句した。たった今、必死な思いで上高地から帰ってきたばかりなのだ。その場所にこれから乗せていってくれとは、どう考えても無理な話である。それに、この車はタクシーではない。

「私たちは、その上高地から帰ってきたばかりなんですよ。それに、この雨です。そんな格好では風邪をひいてしまいますよ。あなたはこの──」

大学病院の患者さんですか、と訊こうとした瞬間、それを遮さえぎるように再び女はいう。

「上高地まで、乗せていってくれませんか」

学生たちは皆、Fさんと女を交互に見つめながら、言葉を失っている。

これは一体どうしたものか。

そのとき、女の背後から黒い蝙こう蝠もり傘がさを差した中年女性が、すうっと現れた。海老茶色の厚ぼったいコートを着ている。白い薄手の格好の女とは対照的な装いである。

「大変申し訳ございません」

中年女性は傘を女のうえに差しながら、Fさんたちに向かってお辞儀をした。

「この娘はそこの病院に入院しているのですが、眼を離した隙に逃げ出しましてね。ご迷惑をお掛け致しました。さあ戻りますよ──」

そういうと、ふたりの女たちは暗がりのなかに消えていった。

静まり返った車内で気を取り直したFさんは、早く降りなさい、と学生たちに告げた。渋々といったふうに彼らは車から降り、言葉少なに帰っていった。

ひどく疲れていた。躯も冷え切っている。早く帰って熱い風呂に入ろうと、Fさんは家路を急いだ。

翌日は昨晩の豪雨が嘘のように、朝から雲ひとつない晴天だった。

午前の講義を終え、大学の廊下をFさんが歩いていると、ゼミの学生が声を掛けてきた。昨日、助手席に乗っていた男子学生である。

「昨日はお疲れだったな。今朝は遅刻しなかったか」

学生はそれには答えず、ひどく慌てている様子である。

「昨晩、僕たちが見た若い女ですが、医学部に友達がいるので訊いてみたんです。そいつがいうには、そんな入院患者はいないって。それに逃げ出した患者の話など、昨日の夜は出ていないというんです」

「なにをいってるんだ。そんなはずはないだろう。お前たちだって、あの女のひとたちが病院に戻っていくのを見たじゃないか」

「でも先生、よく考えたら病院に戻るには、あの道は裏道もいいところですよ。かなり大回りになるはずです。あのふたりが消えた先にある建物って、あの赤レンガ倉庫ですよね。あれはひょっとして──」

たしかにそうだ。あの道から病院に戻るのは、かなり不自然なことに違いなかった。

学生のいう赤レンガ倉庫とは、明治四十一年に築造された松本歩兵第五十連隊の旧兵舎である。戦時中は陸軍の駐屯地として、戦後は医学部の倉庫として使われていたらしい。

この建物には幽霊が出るという噂があった。軍服姿の兵隊が列をなして倉庫の周りを闊かっ歩ぽしているだとか、深夜になるとたくさんの子どもの生首が倉庫の窓ガラスから外を見ている、といったようなごくありふれたものだ。

超常現象の類を一切信じないFさんは、そういった話を莫迦げたことだと考えていた。

「そんなこと、俺が認めるとでも思っているのか。ほら、彼女たちには足だってあっただろう。ちゃんとふたつの足で歩いているのを俺は見たぞ」

そういうFさんだったが、その声音が幾分弱くなっているのを自分自身感じていた。

昨晩はカーラジオの音がよく聴き取れないほど、強い雨が降っていた。Fさんは女に声を掛けるために窓を少し開けたことを思い出した。

その瞬間、Fさんは、はッとした。

なぜあれほど明瞭に声が聞こえたのか。それに、迎えに来た中年女性は真冬に着るような厚手のコートを着ていた。肌寒いといっても、九月初旬の服装にしては、まだ早すぎるのではないだろうか。そしてふたりが消えた、あの裏道──。

背中に冷水を注がれたように背筋が冷たくなっていくのを感じた。そんな己を自嘲するように、学生に向かってFさんはいった。

「ではなにかね、あれは幽霊だったとでもいうのか。まあいいさ。しかし幽霊というのは、あんなにはっきりと話すことができるものなのか。上高地に乗せていってくれ、だなんて」

すると、学生は眼を瞠り、愕然とした表情で、

「上高地って、なんのことですか。あのとき、先生は車の窓を少し開けて、女に声を掛けましたけど、あのひとはなにも答えなかったじゃないですか。それに、すぐあのオバさんが迎えに来ましたから、女と先生はひと言も喋ってなどいませんよ。僕は真横で見ていましたから間違いありません」

それを聞いて、Fさんは言葉を続けることができなくなってしまったという。

以上がA君の語った話をベースに、私が取材を重ね、リライトしたものである。なんだよくある話じゃないかと思った方も正直おられるかもしれない。実のところ、最初にA君からその話を聞いたとき、話の中盤までは私もそんな感想だった。

しかし、違ったのだ。

終盤に差し掛かるにつれて、記憶の奥底に仕舞い込んで、すっかり忘れていたあることを、私は突然思い出したのだった。すると俄然、この話に興味を抱かざるを得なくなったのである。

Fさんがこの体験をしたという、今から三十四年前、私はこの信州大学附属病院に入院していたのだった。それは小学四年生の春から夏にかけての時期だった。すでに完治しているし、ここでは関係ないので病名は伏せるが、入院期間は三ヶ月ほどだった。

Fさんの息子であるA君は私と同じ年齢である。A君が父親からこの話を聞いたのも小学四年生のときだったというから、Fさんの体験はおそらく私の入院と同じ年の出来事ではなかったかと思われるのだ。

話のなかの季節は九月初旬であるから、私が入院していた時期のほうが数ヶ月ほど早かったことになる。つまり時系列でいうと、私が退院をした後に、Fさんは同じ病院の付近で、斯かる体験をしたと考えられる。

私が入院し、院内生活にも慣れてきたある日のことだった。

病室にばかりいたらよくないわよ、と看護婦にいわれ、私は病院の中庭に出てみた。なるほど建物のなかと違い、暖かな陽光が燦さん々さんと降り注いでいる。しばらく立っているだけで、体温が上がってくるような気がした。

ベンチに座る入院患者たちは見舞い客と楽しそうに語らっている。大きな声で笑っている者もいた。そこだけ見ると、ここがとても病院の敷地のなかとは思えなかった。

空いているベンチに腰を下ろすと、突然私に話し掛ける声がする。周囲がうるさいこともあり、なんといわれたのか聞き取ることができなかった。声のしたほうを見ると、色の白い、細身の若い女性が、私のいるベンチの横に立っていた。

十歳ほど年上に見えた。おそらく二十歳前後というところか。ぱっと見の印象の薄い顔立ちだったように思う。

女性の耳には補聴器が付けられていた。それを見て、女性は難聴者なのだと思った。同級生に難聴を患う子がいたので、そのことを知っていたのだ。

一瞬躊躇ったが、私は聞き返した。すると、女性は手で私を制し、バッグのなかからペンとメモ帳を取り出した。素早くペンを走らせ、それを私に向けて見せた。

「ボクはひとり?その格好だと、ここに入院しているのね」

それを読み、私は頷いた。女性は黙って横に座った。

「あなたもひとりなのね。かわいそうに」

女性は再びメモ帳にそう書くと、突然、顔を掌で覆い、肩を震わせながら泣き始めた。

いきなりのことに私は吃驚びっくりした。どうしていいものかわからない。そうしてしばらく女性は涙を流していたが、黙って、私の頭を優しく撫でた。女性は私に同情して泣いたのではなく、自分の身になにか大きな悩みや不安があるのではないかと、私はそのとき感じた。

その日を境に、女性を病院のなかでしばしば見掛けるようになった。最初に会ったときと違うのは、女性の格好が入院服に変わったことだった。

時折、中庭に出てベンチに座っていると、女性はいつのまにか私の横に座っていた。

一見して元気がないようだった。女性の患っている病気は、耳とは関係ないのだろうと、私は思った。おそらく内臓疾患などの重い病に罹っていたのだろう。眼に見えて女性の顔色は悪くなり、やつれていった。

それからもベンチで会う度に筆談を交わしたが、印象に残っているものは特にない。

三十年以上前のことなので、単に忘れているだけかもしれないが。

ただ唯一、はっきりと覚えているのは、女性が私の家の場所を訊いてきたことである。

私は女性の手にしたメモ帳に「上高地に行くとちゅうの町」と書いた。

私の実家は上高地の玄関口であるH町であった。それを見た女性は、一瞬愕いたような表情をした。

そして、なにか考えるようにゆっくりとペンを動かした。

「上高地か。あそこは本当に綺麗でいいところよね。わたしの好きなひとはね、上高地で働いているの。ちょっと遠いから、なかなか会えないんだけど」

たしかに女性はそう書いたように記憶している。

出会ってひと月ほど経った頃から、女性の姿を病院で見掛けなくなった。

当時、女性は完治して退院したものだと私は思っていた。実際のところ、その後、女性がどうなったのか知らないし、今更それを調べる術もない。

Fさんの見た若い女と私が出会った女性が同一人物でなかったかと考えることは、些か強引であるし、それは飛躍しすぎというものかもしれない。

それにFさんは女の言葉がはっきりと聞こえたというが、私の知っている女性は難聴を患っていたので、うまく喋ることができなかったのだ。ふたりが同じ人物と考えるのなら、他にも色々と齟齬は出てきてしまう。

しかし、なぜなのだろう。

ふたつの像は、仄暗い翳を身に纏まといながら、私の頭のなかでひとつに収斂していくのである。

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