N荘の怪異(大阪府) | コワイハナシ47

N荘の怪異(大阪府)

Sさんは高校を卒業すると、大阪の大学へ進学した。入学式の数日前、母と一緒に、はじめて学生寮へいった。

学生寮はN荘という名前で、緑の多い郊外の町にあった。

その日は朝から大雨で、バスをおりたときは、鉛色の雲が空に重く垂れていた。

バス通りを折れて、細い路地を抜けると、これから住むことになる瓦葺きの二階家が見えてきた。その前に立ったとき、打ちのめされたような絶望感が襲ってきた。

「ここに住むんじゃなければ、どこでもいい」

わけもなく、そう思った。

天気のせいか、建物の上には、そこだけ墨を流したような黒い雲が渦を巻いている。それでますます厭になったが、親の脛すねを齧る身ではわがままもいえない。

やがて母は、近くの知人を訪ねるといって先に帰った。Sさんは寮に残って部屋の掃除をはじめたが、不意に原因不明の高熱に見舞われた。

あまりのつらさに身動きもできず、備えつけのベッドに横たわって、ひと晩じゅう唸っていた。しかし朝になると、嘘のように熱はひいたという。

はじめは憂鬱だったN荘での生活も、日が経つにつれて慣れてきた。

ある日、殺風景な部屋の雰囲気を明るくしようと、Sさんは観葉植物を買ってきた。花屋の店員に、世話が簡単だからと勧められたガジュマルの鉢植えである。

それから十日ほど経ったある日、なにかの拍子によろめいて、鉢植えにぶつかった。とたんに、まだ青くみずみずしい葉が、ぱらぱらと一枚残らず枝から落ちた。

いつのまにか、木は完全に枯れていた。

余談だが、ガジュマルは別名、多幸の木とも呼ばれ、沖縄ではキジムナーという精霊が住むといわれている。

N荘は植物だけでなく、動物にも縁がなかった。ほかの寮では鳥や小動物を飼っていたり、はなはだしい場合は野良犬まで飼っていたが、N荘に限ってそんな住人は皆無だった。Sさんのように観葉植物ひとつ育てようとする者もいない。

近所にはたくさんいる野良犬や野良猫も、N荘のそばでは、ほとんど見かけない。

ある雨の晩、珍しく猫の鳴き声がすると思って、Sさんは部屋をでた。

あたりを見たら、地面に黒いものが落ちている。

なにかと思って拾いあげると、それは生まれたばかりの仔猫の屍骸だった。

N荘は犬や猫が寄りつかないかわりに、蛇や虫がやたらに多かった。

建物の前を流れるどぶ川には、しょっちゅう蛇が泳いでいたし、いくら殺虫剤をまいても、蠅や蚊やごきぶり、ムカデやヤスデのたぐいが部屋に入ってきた。

N荘の大家は還暦をいくつかすぎた夫婦だったが、ふたりとも建物に劣らず陰気な雰囲気だった。夫は猿のような顔だちで、なにかというと豪快に笑うが、口元だけで眼は笑っていない。

妻は反対に無愛想な女だったが、俗にいう猫足で、足音がしない。ふと気づくと、背後に立っているということが何度もあった。

そんな寮だけに、怪談話には事欠かなかった。

どこどこの部屋には、昔自殺した学生の幽霊がでるとか、寮が建つ前は墓場で、床下にはいまも骨が埋まっているとか、どれも学校にありがちな根拠のない噂だったが、なかには真剣に幽霊を見たといい張る者もいた。

Sさん自身は、N荘に住んでいるあいだ、特に怪しいものを見ることはなかった。ただ、毎日軀がだるく、なにをするにも気力が湧かない。

必ずしも環境のせいとはいえないが、ほかの学生も軀の不調を訴える者が多かった。さすがにこのままではいけないと、Sさんはバイトで金を貯めて、ワンルームマンションに移り住んだ。

新しい部屋での暮らしは、別世界のように快適だった。あれほど無気力だったのが、自分でも信じられないほど元気になった。

Sさんはワンルームマンションに移ってからも、友人がいるせいで、ときどきN荘に遊びにいった。

ある夜、友人の部屋で話しこんでいると、いつのまにか怖い話になった。

とたんにKさんという後輩が、

「もう、そんな話はやめてください」

と懇願する。わけを訊くと、Kさんは子どもの頃に首吊り屍体を目撃してから、その手の話が極端に苦手になったという。

「そういうのを見た奴は、必ずもう一回見るっていうぞ」

Sさんは冗談でいったが、Kさんは青い顔でかぶりを振った。

何か月か経って、ひさしぶりにN荘を訪れたとき、Sさんは愕然とした。

つい最近、大家の妻が首を吊ったという。

最初に遺体を発見したのが後輩のKさんだと聞いて、ますます厭な気分になった。

「偶然の一致だと思いますが、なんとも後味が悪かったです」

そのうえ不可解なのは、大家の妻が学生の部屋で首を吊っていたことだった。

Kさんによれば、現場は友人の部屋で、遊びにいったら返事がない。留守かと思いつつドアを開けたら、そこにぶらさがっていたという。

その友人は、たまたま前の晩から外泊していたが、特に大家の妻と交流があったわけではない。なのに、なぜその部屋で死んだのか、そもそも死を選んだ理由はなんなのか、誰にもわからなかった。

Sさんは大学を卒業後、郷里の広島に帰った。やがて結婚して、自宅でデザインの仕事をはじめた。

ある夜、奥さんと晩酌をしていると、ふとしたことから学生時代の話題になった。

「そういえば、どんなところに住んでいたの」

奥さんが話の途中で訊いた。

N荘のことは、なんとなく口にするのがためらわれて、それまで奥さんにも話さなかった。けれどもその夜は酒が入っていたせいか、喋るのに抵抗がなかった。

N荘の平面図を描きながら、そこでの思い出を語っていると、不意に奥さんが両手で口を押さえてトイレに駆けこんだ。とたんに烈はげしく嘔おう吐とする音がした。

しばらくして奥さんは、真っ青な顔でもどってきて、

「こんなところに、よく住んでいられたわね」

と怒ったようにいった。

さらに奥さんは、興奮した口調で「ミズ」とか「ヘビ」とか「キノナガレ」とか、Sさんにはよくわからないことをならべたてた。

奥さんは、もともと家相や方位といったものに敏感な体質だったが、これほど取り乱したのははじめてだった。

その夜はベッドに入っても、なかなか眠れなかった。Sさんは、先刻の奥さんの言動が癪に障ったせいもあって、あえてN荘の話を続けた。

やがて話が大家の妻の死におよんだ頃、奇妙な音が聞こえてきた。

「どむん、どむん、どむん」

なにかを叩いているような、しかし残響のない音だった。

「お寺の鐘を土に埋めて叩けば、あんな音がするかもしれません」

奇妙な音は、しだいに大きくなる。

しかし、どこから聞こえてくるのかわからない。

はじめは外から聞こえるのかと思って、窓から顔をだした。すると音は部屋のなかから聞こえてくる。だが、そんな音をたてるようなものは、どこにもない。

いつのまにか、奥さんは両手をあわせて、般若心経を唱えている。

Sさんも怖くなって、なにが相手かわからぬままに、すみません、すみません、と内心で繰りかえしていた。

その効果があったのかどうか、奇妙な音は遠ざかるようにちいさくなっていった。

以来、N荘の話は、Sさんのなかで禁忌となった。

だが今回の取材に際して、SさんはふたたびN荘の平面図を描いた。

その日は私と逢う当日だったが、待ちあわせ場所にSさんは青い顔であらわれた。わけを訊くと、平面図を描きあげた直後に心房細動の発作が起きて、いままで病院にいたといった。

現在、N荘は取り壊されて、新しい建物になっているという。

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