遅れてきた人(滋賀県) | コワイハナシ47

遅れてきた人(滋賀県)

「この話はちょっと……、今考えてもあれっ?ていう話なんですけど……」

武田君は大学生の頃、映画研究部に所属していた。

映画研究部は映画を研究するクラブでは決してない。活動内容は自分たちで映画を製作することである。

ある時、自作の映画のワンシーンで美しい日の出のカットが必要となった。そこでまずは撮影場所を探すため、武田君は車で一人、ロケハンに出掛けた。行先は琵琶湖。

よく晴れた夏の日である。まずは琵琶湖を一周する。熱くなったアスファルトの道路の先はゆらゆらと揺らめき、広大な湖面はキラキラと輝いている。

武田君は景色を眺めながら、撮影に適した場所を探して車を走らせた。

「そしたら物凄い景色のいいところがあって、ちょうど湖北の辺りなんですけど」

そこは正にイメージにぴったりだった。彼は車を道路脇に止め、外に出て、辺りを見渡した。カメラの位置、画角、日の出と湖の方角、いずれも問題はなさそうだ。とても綺麗な画になるだろう。武田君はしばしその景色を見ながら、これから撮影する映像のことを想像した。

ふと、後ろから人の足音が近づいてくることに気が付いた。誰かがタッタッタッタッと軽快に駆けてくる。

何気なく振り返った。が、そこには誰の姿も見えない。ただ足音だけが徐々に徐々に大きく近くなってくる。

足音の主が走っているのは、今彼が立っている道路であることは確かだ。快晴の昼間、その姿が見えないはずはない。だがいくら目を凝らしてみてもその姿を確認することはできなかった。どういうことなのか見当もつかず、そのまま突っ立っていると、足音はみるみる彼に近付いてきて、彼の横を通り、ペースを崩さず走り去ってしまった。

日中だったからか、怖いとは思わなかった。ただぼんやり、不思議だなと思った程度だったという。

一週間後、武田君は撮影機材を携えて、再び車であの場所へと向かった。日の出の撮影である。真夜中に家を出て、現地に着いたのは午前四時半頃だった。空を見るとあいにくの曇り空。日の出が拝めるのか不安はあるが、まだ時間はある。それまでに空の状態も変わるかもしれない。とにかく彼は車の中で時間が来るのを待った。

やがて、日の出の時間が近付いてきた。鳥のさえずりも聞こえ始めている。武田君は車から降り、空を見た。やはり空には雲が覆っている。

今日は無理かな。そう思いつつも、一応は撮影の準備をしておこうと車の方に向き直った。その時、道路の向こうから誰かがこちらに向かって走ってくるのが目に入った。どうやらジョギングをする男性のようだ。薄暗い中、白いタンクトップがぼんやりと上下に揺れている。

武田君は特に気にも留めず、車から三脚を出してきて道路に立てた。カメラをその上に固定する。そして顔を上げた瞬間、彼の前を人が横切った。はっとして顔を上げる。

さっきの男性だった。タンクトップにショートパンツ姿、頭髪が真っ白なところを見るとそれなりの年齢なのか。それにしては走りはしっかりしている。それよりも奇妙なのが、足音がまったく聞こえなかったこと。だから近付いてきていたことにも気が付かなかった。走り去っていくその後ろ姿も全くの無音だ。

「湖北なんで、街灯とかもほとんどない真っ暗な道路なんですよ。そんなとこをこんな時間に走るかと。ええ!? って……、ちょっと待ってくれよと」

そもそも、その男が走っていく方向には山と長いトンネルがあるばかりで、他には何もない。

こんな時間にこんな場所で、しかも足音すらさせずにジョギングをする老人……。

武田君の耳に、ロケハンに来た時の、あの足音が蘇った。

彼は慌てて機材を車に投げ込んで、老人が走り去ったのとは逆方向に向けて車を急発進させた。

結局、日の出の場面を撮影できたのはずっと後になってから、別の場所でのことだった。

武田君が特撮好きなのは先ほども述べた通りだが、彼が自作の舞台を琵琶湖にしたのは、映画『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』からの引用なのだそうだ。そのことを語ってくれた時の彼が特に生き生きとして見えたのは気のせいではないだろう。

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