沖磯のマット(福岡県) | コワイハナシ47

沖磯のマット(福岡県)

玄界灘という、日本でも有数の漁場に面している福岡県。

私自身も幼いころから釣りを嗜たしなんでおり、長年続けているうちに、釣り仲間というのも少しずつ増えていった。そんな中で知り合ったのが渡辺さんだ。

渡辺さんは磯釣りを得意とし、磯釣りの人気ナンバーワンターゲットであるメジナを狙って、様々な磯に足を運んでいた。

この話は、渡辺さんが福岡県のある沖磯に渡った時の話だ。

沖磯というのは、地続きではなく、海上にポッカリと浮き出た小島のような磯のことであり、渡船と呼ばれる船にお金を払って渡してもらう。

一般的には朝一に渡って昼頃帰るというパターンが多いが、中には夜に渡って、次の日の昼頃に帰るという場合もある。

海の上に取り残されるのは多少心細いが、アクセスし辛い分、陸地と違い他の釣り人に責められる率が圧倒的に低いので、その分魚が釣れる可能性は高まるし、陸よりも大物が狙える確率も大きくなる。

私も1度、長崎の沖磯に1人で渡って釣りをしたことがあるのだが、どでかいクーラーボックスを持ち込んだのはいいものの、魚はほとんど釣れずに、大きめの金魚くらいの魚を、その20倍くらいの面積のクーラーボックスにポトリと入れて持ち帰ったのは苦い思い出だ。

その日、渡辺さんは夕方に渡船で渡してもらい、翌日の昼に帰るという予定で、1人沖磯に渡った。

この日渡った磯は広く、間隔を開けて釣りをしても、6〜7人は入れる余裕があったそうだ。山のような形でゴツゴツと切り立っており、自分が入っているポイントの裏側に、人がいるのかいないのかもわからなかったそうである。

潮は良かったのだが、入れ食いとまではいかず、魚はボチボチ釣れる程度。深夜0時を過ぎた頃に、そろそろ仮眠でも取ろうかと準備をしていると、急に後ろから話しかけられた。

「あのぅ、タバコもらえませんか?」

ひっくり返りそうなほど驚いたそうだ。というのも、いくら広い沖磯とはいえ、今までの数時間は全く人の気配はなく、自分1人だと思っていたからだ。相手は古びたライフジャケットを着た老人で、真っ暗な中、ライトも持たずに立っている。

「いきなり話しかけられたからビックリしましたよ! 反対側で釣りされてたんですか?」

そう言うと、老人は何も言わずに照れくさそうな顔をして突っ立っている。渡辺さんは、まあ1本ぐらいならいいやと思い、ポケットからタバコを取り出して老人に手渡した。

「ありがとうございます」

老人は照れくさそうな顔をしたまま、自分の釣り場へと去って行った。変わった人だなと思ったそうだ。

こんな寂しいところで顔を合わせているんだから、普通はもうちょっと情報交換なりして、孤独を緩和したりするものだ。まあ、相手はかなりのベテランのようにも見えたし、静かに釣りをしたいんだろう。そう思って、自分は早々と仮眠の準備を進めていく。

釣り具を簡単にまとめて、寝ることのできそうな平らな場所を探していると、ある場所にちょうどよさそうな平地があり、なんとマットまで敷いてある。これはきっと、誰でも自由に使えるよう常連が置いているんだと勝手に判断し、ワンカップをグビりとあおり、マットに横になった。

朝になり、船のエンジン音と、ガヤガヤと話している声で目が覚めた。空は白み始めている。

(いかん。寝過ごした!)

2〜3時間寝て暗いうちから釣りを再開しようと思っていたそうだが、寝過ごして朝になってしまっている。

急いで釣り場に戻ろうとしていると、今やってきたばかりの常連らしき釣り人から怒鳴られた。

「あんた、何てとこに寝とうね!」

「あっ、すみません。ちょうどいい場所だなと思って、つい……」

「そこね、数年前に海に落ちて死んだおじいちゃんがおって、その人のためのマットなんやけんね!」

ゾッとした。そして、昨日の老人のことが頭をよぎる。とりあえずこの場を離れようと立ち上がった時に、朝日でマットの周辺が照らし出された。

そこには、真新しいタバコが1本落ちている。

帰り際、渡船の船長にこう聞いてみたそうだ。

「夜って僕以外に誰かいたんですか?」

「昨日の夜から朝まではあんた1人しかおらんよ」

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