コインランドリー(岩手県) | コワイハナシ47

コインランドリー(岩手県)

六十代のHさんが言うには、三十年ほど前のことだそうだ。

当時、独身だった彼は近所にある二十四時間営業のコインランドリーをよく利用していた。近所に騒音の気兼ねすることなく洗濯ができるということと、時間を選ばずに利用できるのがメリットだった。

その日。

残業で遅く帰宅した彼は、翌日が休暇ということもあり、深夜にコインランドリーで溜まっている洗濯物を片付けることにした。

そのコインランドリーは、両側に洗濯機や乾燥機、洗剤の自動販売機がおいてあるタイプの、よくある店舗だった。

中央には、腰かけて洗濯や乾燥が終わるのを待つための、木製ベンチが設置してあって、その上には週刊誌が何冊か置いてあった。

天井で光る何本かの蛍光灯は、経年からか緑色に変色し、明滅を繰り返している。

まるで映画のワンシーンに出てくるような、コインランドリーであった。

Hさんは、「相変わらず暗いな」と思いながら、洗濯物を大量に入れたバッグを担ぎ直すと、コインランドリーへ入っていった。

約一時間、洗濯機を回し、さらに乾燥機にかける。

その間、コインランドリーの中で待たなければならない。

待ち時間に自宅に戻っても良かったのだが、それもなんとなく面倒だ。

週刊誌でも読んでいればすぐだろうと、そのままコインランドリーで待つことにした。

ベンチに腰かけて、週刊誌を手に取る。それは、最近起こった事件の噂や、芸能人のスキャンダル写真を扱ったものだった。

Hさんは、パラパラとページをめくって週刊誌を読んでいたが、いつの間にかウトウトしていった。

──。

激しい雨の音で、Hさんは目が覚めた。

(しまった……)

そう、思わずため息をついた時だった。

すぐ隣に、人が座っていることに気がついた。

一瞬、ギョッとしてそちらに視線を向けると、それは二十代半ばぐらいで身長が高く、ちょっと暗い感じがする女性だった。

彼女は、Hさんと目が合うと、軽く微笑んで声をかけてきた。

向こうも時間つぶしのつもりだったのだろう。

Hさんが溜まっている洗濯物を片付けに来たことを話すと、彼女の方はお気に入りの洋服に食事の染みを付けてしまったこと、深夜に洗濯機を回すわけにもいかない借家に住んでいるので、あわててコインランドリーに来たことを話してくれた。

しばらく雑談を続けていると、彼女の洗濯が終わった。

服一枚程度なら、Hさんの洗濯より早く終わるというわけだ。

しかし、洗濯機を開け洗濯物を取り上げた彼女は、

「あぁ、落ちなかったみたいです」

と、洗濯機から半分洗濯物を出した状態でがっかりしていた。

(それは残念なことだ)

と彼女の背中越しに染みが残っているであろう洗濯物を見たHさんは、口から悲鳴が出るのをすんでのところで飲み込んだ。

それは、食事中にできた染みなんかじゃない、大怪我でもしたのかと思うほどの真っ赤で巨大な染みだった。

彼女は素早くそれを手さげ袋に入れると、Hさんに軽く会釈をして出て行ってしまった。

土砂降りの雨の中を傘もささずに、と思い、彼女のあとを追ってコインランドリーを出たHさんだったが、左を見ても右を見ても、すでに彼女の姿は無かったという。

彼女が隠れるようなところもない。

Hさんは、首をかしげながらベンチに腰掛けると、週刊誌を適当に開いて視線を落とした。

通り魔事件の記事が書かれていた。事件現場は、このあたりらしい。

そして、被害者の顔写真が目に入る。それは、Hさんが先ほどまで雑談していた彼女だった。

(え?)

と思い、顔を上げた。

その瞬間。

今まで大きな音をたてて動いていた、何台もの洗濯機や乾燥機がピタッと止まった。

あれだけ土砂降りだったはずの雨音も聞こえない。

ただただ静寂だけが、Hさんを包んでいた。

背筋に冷たいものが走る感じがしたHさんは、あわてて洗濯物を回収して逃げようと洗濯機を開け、中に腕を突っ込む。

洗濯物を乱暴に掴んで、持ち上げようとしたが、それはできなかった。

いつの間にかHさんの腕にからみついた黒く長い髪の毛が、腕の肉に食い込んでそれ以上動かせなかったからだ。

次の瞬間。

コインランドリーの一番奥の蛍光灯が消えた。

それを開始の合図と言わんばかりに、Hさんに向かって順番に蛍光灯が奥から消えて行く。

そして、Hさんが暗闇に包まれた。

ここで彼の記憶が止まる。

次に目が覚めたのは、洗濯物を取りに戻ってきた別の客に起こされた時だ。

夢かと思って腕を見ると、そこには、太い糸を巻きつけたような跡が何本もついていたという。

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