松尾鉱山跡(岩手県八幡平市) | コワイハナシ47

松尾鉱山跡(岩手県八幡平市)

Cさんという方の体験談だ。この人は、明確な素性を書かないことを条件に、以下のような体験談を聞かせてくれた。

私が初めて岩手に来たのは十八歳の時、県内のM大学を受験・進学した時です。

私は小さい頃から教師になるのが夢で、M大学は教師を目指す学生が充実したサポートを受けることができ、当時就職率が九十パーセントを超えていたため志望しました。

学科の講義は専門的で、最初はノートを書き写して復習するだけで精一杯でしたが、夢に向かうための勉強はとても楽しく、サークルにも所属し、彼氏もでき……とにかく毎日が本当に楽しかったのを覚えています。

一年生の夏休み、サークルで暑気払いの飲み会をすることになりました。

私はあまりお酒が飲めないのですが、同じ一年生だけでなく普段話さない先輩とも色々な話ができ、ずっと笑って話して、とても楽しい夜でした。

気が付けばみんな帰宅したり、雑魚寝したりで、私、同じく一年生のKちゃん、私の彼氏のT君、D先輩の四人で話をしていました。

三年生のD先輩とはあまり話をしたことがなかったのですが、ご両親が隣県で会社を経営しているらしく、どこか余裕がある感じで、柔らかく優しい雰囲気の男性でした。

色んな話をしましたが、趣味の話の流れでD先輩が、

「俺、廃墟が好きなんだよね」

と、言いはじめたのです。

廃墟は時が止まっているようで、朽ち果てて自然に浸食され、飲み込まれて還っていく過程でもあるという不思議な感覚が味わえ、強烈に「盛者必衰」という言葉を感じることができることに惹かれる。

誰かが住んでいた頃に使用されてたものがボロボロになっていたりすると、以前はどんな感じだったかを想像するのが楽しい。

博物館でも昔の物を見ることはできるけど、ガラスケースに入ってたり、解説なんかも全くないのが生々しく、より歴史を実感することができる……等々、すごい勢いで廃墟について語ってくれました。

最初は少しポカンとしてしまいましたが、D先輩が楽しそうに話すのにどんどん引き込まれてしまい、いつの間にかもう時間は明け方に近く、私達は徹夜明けだったにも関わらず、

「みんなでこれから廃墟に行こう!」

という話になっていました。

目的地は松尾鉱山跡地で、D先輩の車に四人で乗り込み、東北自動車道を進んでいきました。

松尾高山は八幡平市(当時は松尾村)にあり、最盛期には精製硫黄は十万トン、硫化鉄鉱は六十八万トンもの生産量を誇っていた硫黄鉱山で、周囲には従業員の社宅、小学校、中学校、病院、劇場などが設置され、従業員数約四千人、その家族合わせて約一万五千人の住民が住んでいましたが、硫黄の需要減少により一九六九年には採掘が終了、住民が撤退し始め、一九七〇年には無人となったそうです。

また、無人のはずなのに足音が聞こえる、壁をノックする音が聞こえる、鉱山上空にUFOを見た、学校に子供の霊がいる……など、廃墟につきものの怖い噂もあるそうです。

そんな話を聞きながら、途中、広くて乗り心地の良いD先輩の車で居眠りしてしまったらしく、D先輩とT君の

「着いたよー!」

という声に起こされました。

「旧松尾鉱山新中和処理施設」と書かれた看板があり、その道を少し進むと右手に十棟ほどの鉱員住宅が見えました。

D先輩は何度も来たことがあるらしく、慣れた様子で進んでいきます。

鉱員住宅の壁はボロボロ、窓が一つもなく、簡単に中に入れました。

風化した畳、電球、型の古いテレビ、急須にお茶碗、片方だけの靴などが落ちており、さらに巨大な煙突を通り過ぎて先に進むと廃校になった学校の建物があり、壊れたオルガン、木製の椅子や机、マット、落書きされた壁、黒板……確かにD先輩の言う通り、ここに暮らしていた人たちの生活を垣間見るようで楽しめました。

かつてたくさんの人々が暮らしていた東洋一の規模を誇った鉱山の街、今でも圧倒的な存在感があり、一通り見て回った後、私達は「夢の跡」に別れを告げました。

D先輩はまず私をアパートの前まで送ってくれて、私は近所のKちゃんと一緒に降りました。

遠ざかっていく車の中の二人を見送り、徹夜明けの大冒険に疲れた私は、家に帰って、すぐにぐっすりと眠ってしまいました。

起きたのは夕方の四時頃、Kちゃんからの電話が鳴ったからです。

「D先輩、あの後事故ったんだって! T君も乗ってたみたい!」

頭が真っ白になりました。

今すぐにお見舞いや面会は無理とのことで、それから四日後、Kちゃんと一緒に病室に訪れました。

T君はあちこち傷や打撲があったものの思ったより元気でしたが、先輩はもっと重傷でまだ病室に訪ねていける状態ではないと言われました。

事故の状況を聞くと、何もない場所でD先輩が突然ハンドルを右にきった、と言うのです。

俺が見逃しただけで小動物でもいたのかな……と、T君がつぶやくと、突然Kちゃんが、

「〇〇ちゃん(私)、T君、ごめんね。 もしかして、その事故、私のせいかもしれないの」

と、言い出したのです。

一瞬考えましたが、どう考えてもKちゃんのせいとは思えません。

「何で? Kちゃんは全然悪くない……」

と、返事をしようとしましたが、Kちゃんはそれを遮って、

「私ね、実は小さい頃から霊感体質っていうか、幽霊が見えるんだよね。でも大きくなるにつれて徐々に見えなくなってきてたし、たまに見えても、素通りしてやり過ごしてたんだけど。幽霊って見えてる人につきまとってきたりするから……。でも、こないだの夜は少しお酒を飲んでたせいなのか、あんな場所に行っちゃったせいなのか、すっごくハッキリ見えちゃって。廃墟の入口からすでに何か変な気配がしてたんだけど、ふと見ると途中で私達の真横に男の人が立ってたの」

「え?」

「人間じゃないよ、多分、あそこで亡くなった人だと思う。見ないように見ないようにしてたんだけど、私が見えてるのが気付かれたのか、廃墟にいる間中、ずっとついてきちゃってて……、ずっと私達の隣を歩いてきてたの。先輩の車に乗って帰ろうっていう時にはいつの間にかどっかに行っちゃってたから大丈夫、と、思ったんだけど、私達を降ろしてくれて走っていく先輩の車の方をみたら、後部座席にその男の人が乗ってて……」

「……」

「私がいなかったら、あんなのがついてくることもなかったかもしれないのに……。先輩が事故を起こしてT君が怪我をすることもなかったかもしれないのに……。ごめん! ごめんね……!」

と、Kちゃんは泣いて私達に謝ってきました。

その後、退院してきたD先輩に聞いてみましたが、事故の瞬間のことは覚えていない、とのことで、あの時本当は何があったのかは分からないままに終わりました。

鉱山には事故がつきもので、きっと亡くなった方も多くいるはずです。

もしかしてあの事故は(噂になっている他の心霊現象なども)、かつての日本の産業を支えてくれた、そんな方々への敬意が全くなかった来訪者への怒りなのかもしれません。

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