狐(岩手県雫石町) | コワイハナシ47

狐(岩手県雫石町)

父方の叔父さんから聞いた話である。

その叔父さん、一九七十年代のある夏の夕暮れ、仕事帰りに知人の家に寄ってから、帰路を急いでいたそうだ。

そこはかなりの田舎で、今もそうだが車がないとかなり移動は苦しい。

だから道路は比較的広めで、広々とした田園風景の中をまっすぐ直進していくことがとても多かった。

その知人宅付近には久しぶりに来たので、叔父さんはある広い一本道に入っても「おや、こんな所に新しい道ができていたのか」とあまり気には留めなかった。

県庁所在地である自分の町に帰るのだから、こんな立派な道なら進んでいけば必ず方向が示してあるだろう、と踏んだのだ。

それは本当にまっすぐな一本道だった。

闇が降りかかった夏の夕暮れは、ぼんやりした空の明るさが残って気持ちがいい風景だった。

叔父さんは好きなラジオ局を聴きながら、軽快に飛ばして行った。

それにしても、対向車を全く見かけない。

通行人がいないのはわかるけど、そもそも自分以外に全く車を見かけないことに、だんだん叔父さんは不信感を抱いていった。

真っ暗になりかかった頃、ラジオ電波が途切れた。

見ればデジタル時計が零時のままで点灯していて、何だ? と思ったらしい。

叔父さんは徐行して路肩に愛車を止めた。

よく見れば、前方にまっすぐ伸びる一本道の道路には街灯がない。

愛車のライト以外には何も明かりがなく、一本道の先は闇に飲まれていた。

叔父さんは急に不安を感じた。

そうして、停車していた所のすぐ脇に、分岐した小さな横道があるのに気が付いた。

それは小さな道だったが、ちゃんと街灯がついていた。

叔父さんはそこで左折し、そして呆然とした。

あの真っ暗な一本道からほんの少ししか離れていないのに、仕事帰りのサラリーマンや通行人がたくさん闊歩する繁華街があったからだ。

そしてそこは叔父さんの住む町の、賑やかな一画だった。

帰宅すると、あれだけ長くドライブしたはずなのに時間はほとんど経っていない。

おかしいと思いつつ、翌日会社で地元の同僚に「例の新しくて、広い一本道」の事を聞いても、皆そんな道は知らないという。

躍起になって市役所に問い合わせても、同じ答えが返ってきた。

実際、後から探してもあの道は決して見つかることはなかった。

この叔父さんは十数年前に亡くなるまで、ずっと狐に化かされたと言い続けていたらしい。

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