けんけんぱ(岩手県釜石市住宅街) | コワイハナシ47

けんけんぱ(岩手県釜石市住宅街)

Eさんは、結婚と同時に、この釜石市に引っ越してきた。

九州地方から嫁いできて、慣れないことも多かったそうだが、両親をすでに亡くしている旦那さんと二人で、どうにか毎日の暮らしを平穏に過ごしていた。

週に二度ほどパートに出る。午後から働き始めて、夕方には家路につく。自宅まで、とぼとぼと歩きながら、未だ震災の爪痕が残る仮設住宅を一瞥して立ち止まる。

当時、九州に住んでいたEさんにとっては、テレビの向こうの世界でしかなかったが、こうして見ると、何か突然に現実を突きつけられたような気になったという。

夕方、陽が暮れて、あたりが夕日に染まる。そんな中、自分の影がどこまでも伸びる様は、どこか寂しく、また不気味だった。

Eさんは、人気が少なくなるこの時間帯だけは、まだ慣れずにいた。

そして、Eさんがもっとも厭だったのは、自宅に続くその先の角を曲がることだった。

けん……けん……ぱ。

けん……けん……ぱ。

角を曲がると、そこには小学生の低学年くらいの女の子が独りで遊んでいる。

どれだけ長い時間そこで遊んでいたのか。舗装された道路のそこかしこに白や黄色のチョークで動物や昆虫の絵が描かれている。

特に目を引くのが、地面に白いチョークを使って描かれている何個かの円だ。

それは、子供の遊びでよく使われる『けんけんぱ』の模様だった。

たしか、二人以上で遊ぶのが前提なのだが、この少女は今、独りで遊んでいる。

歩きながら、なんとなくそれを見ていると、ふと少女と目が合った。

「こんにちは!」

Eさんを見て、少女が元気に挨拶をしてくる。

「こんにちは」

パート帰りのいつもの光景だった。

この少女は、この道路に面している一軒家で暮らしているらしい。ただ、両親は共働きらしく、帰りはいつも遅いそうだ。

何度となく挨拶を交わして、雑談をするようになり、少女の置かれている状況も少しは知っている。

とは言え、夕方の陽の暮れかけたこの時間だ。

「早めに帰りなさいね」

一言かけて、Eさんはそこから少し行ったところにある自宅に帰る。

Eさんが帰ってから、数時間が経つと旦那が帰ってくる。

お互いに今日一日、仕事であった納得のいかないことを愚痴交じりに報告しあいながら、遅めの夕食を済ませて布団に入る。

そんな生活が、半年くらい続いていた。

ある夕方。

Eさんがパートを終えて自宅へ帰っていると、あの少女が遊んでいた。

けん……けん……ぱ。

けん……けん……ぱ。

遊んでいる少女と目があった時、軽く微笑んで会釈をした。

「こんにちは!」

いつものような光景だ。

しかし、この日は違っていた。

遊ぶのをやめて、少女が駆け寄ってきたのだ。

(珍しいな)と思いながら、Eさんはしゃがんで少女と目線の高さを合わせた。

「おばちゃん、あたしね、今度ね、引っ越すことになったの」

嬉しそうな満面の笑みで、少女がEさんに報告をする。

「明日ね、おかあさんとおとうさんが迎えに来るって。だから、おばちゃんとは今日でお別れなの」

パート帰りに、ちょっとだけ会うくらいの仲だ。しかし、寂しくないと言えば嘘になる。

「そっか、引っ越しても元気でね」

Eさんは、それくらいしか言えることはなかったが、笑顔で別れの挨拶を済ませた。

翌日。

パートの帰り道のことだった。

Eさんがいつものように家路を急いでいると、声が聞こえてきた。

けん……けん……ぱ。

けん……けん……ぱ。

昨日、あの少女は「明日引っ越す」と言っていた。引越しは夕方なのだろうか?

珍しいとは思ったが、そういうこともあるのだろう程度に思って、Eさんは角を曲がった。

すると、そこには誰もいなかった。

引っ越しが決まってから掃除したのか、あの少女が道路に描いていたチョークの落書きも綺麗に消されている。では、この遊ぶ声はどこから聞こえているのか?

(どこにいるんだろう……?)

と、あたりを見回すのだが、どこにも少女はいない。

その時。

けん……けん……ぱ。

けん……けん……ぱ。

Eさんの横を声だけが通り過ぎて行ったそうだ。

全身から冷や汗が吹き出るのを感じたEさんは、その場から走って逃げ出したそうだ。

その話を、旦那が帰ってからすぐにすると、

「あそこの家って、家族が事故で亡くなってから誰も住んでないはずだよ。たしか……、両親が即死で、娘さんが病院で少し遅れて亡くなったんだったかな」

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