【長編】繁華街にて(岩手県) | コワイハナシ47

【長編】繁華街にて(岩手県)

繁華街にて その一(岩手県盛岡市菜園地区)

「十年ほど前ですかね。盛岡で繁華街に連れて行ってもらったことがあって」

そう話しだしたのは、Yさんだ。四十代の男性で、とある商社の営業をしているという。営業という仕事柄、出張も多い。彼が担当しているのは東北地方だが、中でも特に岩手県盛岡市には一時期よく訪れたのだとか。

雑談で話題を滑らかに展開する様子から、彼が日ごろから人と話し慣れていることがよく分かった。当たり障りない話題を選び、不自然に途切れさせることもしない。営業職が続く人間は、得てして無難で畳みやすい話がうまいものだ。人々が固くしているのは財布のひもではなく、警戒だからだ。分かっている上で警戒を解くことを一連の作業における過程としてとらえる、という営業職の一面について、わたしとしては思うところもあるのだが、今は置いておこう。とにかくYさんは話しはじめた。

その日。

仕事を終えたところで、取引先の担当者二人からこのまま繁華街で飲まないか、と誘われたそうだ。宿泊先のホテルに帰っても特にすることもなし、地元の人が通うお店に連れて行ってもらうのも出張の楽しみだろう。仕事の関係者とプライベートで飲むのを避ける者も増えてきたが、Yさんは気にしなかった。

商談が思うようにまとまって機嫌が良かったこともあり、彼は二人の提案を歓迎した。

取引先の人間と飲んでいることを意識して三人ともお堅い話に終始していたのは、一軒目まで。二軒目、三軒目ともなると酔いも回り始め、お互い上司の悪口に花が咲いた。

「これ明日までって終業時間ギリギリに言い捨てて、自分はさっさと帰ってったんですよ」

「あーいますよね、そういう人。言うならもっと早く言っておいてくれればねえ」

「私の上司もちょっとねえ、どうにかしてくれよってところがありますね。資料作成するでしょう、提出するとねえ、自分の中にある何となくのイメージだけで適当な直しを出してくるんですよね。これもうちょっと右っていうから右にしたら、右すぎもう少し左って」

「わかりますわかります」

まだまだいけますか、じゃあ、そろそろ四軒目はどうですかというくだりになって、一人がキャバクラに行こうと言いだした。

するともう一人も、良い店を知っているからぜひどうか、とYさんを誘いだす。

ほどよく酔いが回れば口も回るようになり──回った口がきちんと機能しているかは問題ではない──、そうなれば隣で話を聞いてくれる綺麗な女が欲しくなる。Yさんも二つ返事でその誘いに乗ったそうだ。

店のドアを開けると、愛想という文字を背負ったような柔和な笑顔でボーイが待ち構えていた。奥の席に通すと、さっそく女の子を三人あてがってくれたので、どんどん酒を頼む。

話をしているうちに、Yさんはあることに気づいた。席についている女の子たちが、三人ともよく似ているのである。「三つ子なの? よく似てるね」と聞くと、「やだー、ひどーい!」女の子たちからは笑い声があがった。どうやら、今のは酔っ払いによるイジリと受け取られたようだ。確かに最近は若い女の子の見分けがつかなくなってきたし、キャバクラは店ごとに女の子たちの雰囲気が統一されがちではあるが、今見えているのはそういうことではないのだ。

おかしい、とYさんは感じはじめた。違和感というものは一度生じだすと、どんどん体を冷やすもので三軒分の酔いが次第に醒めていく。酒を追加することでごまかしてみようとしても、うまくはいかなかった。

そうして四、五杯も飲んだところで、取引相手の一人が寝落ちてしまった。残ったもう一人が「こいつ、いっつもこうなんですよねえ」

と笑って言うと、女の子たちもそれに合わせて笑う。

しかし、Yさんはまったく笑えなかった。

取引先の二人は気がついてないように思えたからだ。余計におかしいじゃないか。自分だけ悪酔いして、それで変な風に見えてしまっているのではないのか。

酒の相手をしてくれている女の子たちは、それぞれ髪型も服装もアクセサリーも、恐らく年齢もバラバラだろう。それなのに、彼女たちみんな、まったく同じ顔をしているように見える。どういうことだ。店の方針? 同じ医者に整形でもさせているのか? そこまで趣味の悪い経営手法があるだろうか。ないとは言えないが、造形が同じというだけでは済まされない気がする。

Yさんは、考えれば考えるほど、この店から退出したくなっていた。

そうだ、『同じ顔』という表現は正しくない。

彼女たちは話を聞きながらずっと笑顔を浮かべている。その笑い方が、口角の上げ方から目の細め方まで、タイミングも何もかもがまったく同じだったのだ。

まるで、笑顔の動画をひとつ、同時に映し出しているかのように。

もう酒も進まなくなってグラスを持て余していたところで、動き回っていたボーイがYさんの目に入った。

笑顔で店内を動き回るボーイたち。彼らも、全員が同じ顔をしていた。

全身に鳥肌が立った。

これ以上耐えられない! Yさんは用事を思い出したことにして、急いで店を出た。取引先の一人が戸惑うのも気にしてはいられなかった。

酔いは完全に冷めていた。

後日、帰り際よほど様子がおかしかったためか、取引先から何か不快な思いをさせたかと心配そうな声で電話が来た。酔い潰れた一人も、残してきたもう一人も問題はなかったらしい。二人がなぜ、あの店に何の疑問も抱いていないのか。その理由を知るのが怖かった。絶対に良いことはないだろう。

Yさんは、トラブルがあったわけではないのだとごまかした。声色を整えるのには慣れている。そのまま無難な内容の雑談を多少続けた。

「それでは、今後ともよろしくお願いします」

昨夜の何にも触れず通話を終える。

Yさんには、それしかできなかったという。

繁華街にて その二(岩手県盛岡市)

「たぶん、話しかけちゃダメだったんだと思います」

そう話してくれたのは、二十代後半の女性、Aさんだ。

五年前のことだ。

彼女は、就職直後に東京から盛岡へ二年間の転勤ということで、清水町のマンションに住んでいたという。

大学時代の友達と電話で愚痴を言い合う日々だったが、いつも気になることを言われていた。

それは、「Aちゃんの会社って、飲み会多いよね」という一言だった。

金曜の夜は当たり前、水曜に週の真ん中だからと飲むこともある。

月曜から飲みたいという同僚がいれば、ほぼ全員で居酒屋に直行という時もあったそうだ。

そんな環境の中、Aさんも飲むことそのものは嫌いではないので、付き合えるときは付き合っていたのだが、やはり財布と相談する機会が多くなってきた。

新卒の女性である。洋服だって買いたいし、東京の実家にも帰りたい時もある。化粧品だって良いものを買いたい。

ある金曜日のこと。

いつものように、Aさんは同僚と盛岡駅から少し行ったところにある大通商店街の、とある居酒屋で飲んでいたそうだ。

明日は休みだということもあって、かなり遅い時間まで飲んでの解散となった。

同僚たちは互いに挨拶を交わし、ある者は駅に向かい、ある者はタクシーを拾う。

Aさんは、財布の中身を気にして自宅まで歩こうとした。やはり、連日の飲み会は財布に厳しい。

清水町の自宅まで歩きだして、少し経った時だ。

同じ方向に歩いていく人も少なくなって、Aさんのまわりには数名の男性が歩いていた。

すると。

Aさんの歩く先の電柱の下に、外灯に照らされて頭からつま先まで真っ黒な人影が立っていたという。

その影は、人の形をしているものの服を着ているのかいないのか、顔はあるのかないのか、外灯に照らされているにもかかわらず、まったくわからなかった。

Aさんが驚いて立ち止まると、他のまわりを歩いていた男性たちもそれに気が付いたのだろう。ピタリと歩くのをやめ、その影を全員が注目した。

すると、影はペタンとその場で四つん這いになると、何かを探しているかのように、両手で道路をまさぐりだした。

それは、まるでコンタクトレンズを探しているかのような光景だったそうだ。

ほろ酔いだったAさんは、なんとなく駆け寄っていって、「大丈夫ですか?」と声をかけた。

すると、今まで(おそらく)下を向いていたであろう影が、グルンと頭を動かしたかと思うと、はっきりと顔の部分にあった真っ白な二つの穴で、Aさんを見つめてきた。

びっくりしたAさんが悲鳴すら上げられずにいると、その影は四つん這いのまま、道路にズブズブズブ……、と溶け込んでいったそうだ。

唖然としたが、ふと顔を上げると、まわりの男性も驚いたような表情でAさんを見ていた。

遅れて悲鳴を上げてAさんは、そこから走って逃げたそうだ。

しばらく歩いて自宅が近づいてくると、あることにAさんは気が付いた。

それは、自宅のマンションに続く入り口の前に、先ほどの影が立っていたのだ。

今度は、さっきと違ってまわりに人はいない。何かあっても自分でどうにかするしかないのだ。

そう思って固まっていると、先ほどと同じように影は四つん這いになると道路をまさぐり始めた。

それを見たAさんは、踵を返して職場まで走って逃げたそうだ。

職場は、寝泊りができるので土曜は職場で過ごしたAさんだったが、いつまでもそうしているわけにいかず、日曜の昼間にいったん帰ることにした。

部屋の中は特に何もなかったそうだが、部屋に帰ったAさんが見たものは、絨毯の毛が無数にまさぐられた跡だった。

そのまま同僚の女性の家に転がりこむと、翌週には引っ越しを決めたそうだ。

繁華街にて その三(岩手県北上市)

九州へ怪談の取材に行ったときに知り合ったGさんという男性から聞いた話だ。

Gさんが四年前の話だということは、彼が三十代の頃のことだろう。

ある年、彼は会社で総務部から営業部へ異動になった。

しかも、担当するのは東北六県だという。Gさんは、九州から出るのは学生時代の修学旅行以来だと、とても喜んでいたそうだ。

それからは、毎月のように商談用の商品をスーツケースに入れて、東北の地へ赴くようになっていった。

そんなある日のこと。

岩手県にあるいくつかの企業に、自社製品の売り込みに行くことになった。

盛岡市に八幡平市、花巻市、宮古市を順に回っていった。Gさんの出張としてはかなり長い部類で、ビジネスホテルを転々として、結局三週間ほど岩手県にいることになったそうだ。

そして、出張も北上市で終わりを迎えた。挨拶する企業を回り終え、手ごたえを感じたGさんは出張最終日のその日、仕事も早めに終わらせて繁華街を歩いていた。

せっかくの出張である。あるいは、出張の醍醐味とはこれである、とも言い換えられるだろうか。Gさんは出張先で観光気分に浸るのが、何よりの楽しみであった。総務部時代にはなかった楽しみだ。

一軒目の居酒屋を出てフラフラ歩道を歩き、次の店をどれにしようかと物色する。

その時、細い路地が目に入った。

背の低い小さなビルが両端に並び、奥の方まで続く色とりどりのスナックの看板がGさんを誘っていた。

(こういう所には入ったことがないな……)

Gさんは、路地に入っていった。

路地には、青く光る看板に『あけみ』と書いてあるスナックや、ピンクに光るどう読んで良いかわからないような女性の名前が書いてある看板など、様々な店が立ち並んでいた。

Gさんは、その中の一軒、看板は出ていないが『営業中』と表札がドアに掛けられているスナックに入ってみることにした。せっかくの出張である。できるだけ他と違うような店に入りたいと思うのは当然のことだった。

──カラン……。

ドアを開けると、正面にあるカウンター越しに、

「いらっしゃい」

と、マスターと呼んだほうが良いのではないだろうかという佇まいの男性が声をかけてきた。

Gさんは、その男性に軽く会釈をすると、まだ誰も座っていないカウンターの席にひとり腰をかけた。

店内には、小さくジャズが流れている。奥にはいくつか二人席が設けられているが、客はGさん以外、誰もいなかった。スナック、というよりはショットバーという表現が正しいかも知れないとGさんは思った。

「お客さん、何か?」

Gさんはマスターの問いに、

「じゃあ、モスコミュールを」

と、いつも好んで飲んでいるカクテルの名前を言った。

すぐにGさんの前に、琥珀色に染められた細いグラスが置かれた。

──あれ?

ひと口飲もうとグラスを手に取ったGさんは、奥の二人掛けの席に人がいることに気がついた。

店に入ったときには、たしかに誰もいなかったはずだ。

それは、こちらに背を向けた、白い着物を着た長い白髪の老婆だった。

見ると、テーブルには何も置かれていない。ただ、そこに座っているだけだった。

(あんな人居ただろうか?)

そう思いながら、その背中をなんとはなしに見ていると、

「ね、あなた。あれが見えるの?」

突然、女性の声がした。

老婆から視線を外して振り返ると、自分の座るカウンターの並びに女性が座っていて、こちらを見ていた。

水商売なのだろうか、その女性はこれから夜の街へ出勤です、というような派手な服装で、Gさんのすぐ横に座っていた。

まただ。

たしかに、そうたしかにGさんがこの店に入ったときは、マスター以外は誰もいなかったはずなのだ。ドアベルだって鳴っていない。この女性はいったいどこから出てきたというのだろうか。

Gさんはかなり動揺したが、綺麗な女性の前だと自分に言い聞かせて、無理にでも平静を装った。

女性は、Gさんのそんな努力など気にすることもなく続けた。

「ね、あのおばあさん見えてるんでしょ? あれねぇ、お化けなの」

そう言うと、くすくすと笑い出した。

「マミちゃん、またそういうのやめてよ。お客さん、来なくなっちゃうじゃない」

マスターが、眉をひそめて不機嫌そうに女性に向かって注意する。

どうやら、この女性は『マミ』というらしい。そして、このマミちゃんはいたずらで一見さんに変なことを吹き込むようだ。

「そんな人いないじゃない」

その一言を聞いて、グラスを置こうとしていた手が止まった。

ということは、マスターには何も見えていないのではないか? そして、おばあさんが居るというこの女性には見えているのだろう。

そう思い至ったGさんは、値段も確認せず五千円札をカウンターに置くと、慌ててドアを開けると店から飛び出た。

──と。

カウンターに仕事道具が入った鞄を置き忘れていること気がついた。

いけない! と踵を返したが、そこには空き地が広がっているだけでスナックどころか建物までもなくなっていたのだ。

「なんだ、これ?」

意識もせず自然と口から言葉が出てしまうほど唖然と立ち尽くすGさんだったが、大事な仕事の資料が入った鞄である。どこかに落ちているんではないかと、空き地に立ち入った。

その空き地は、雑草がそこらじゅう好き勝手に生い茂り、長い間手入れされていないことは誰が見てもわかるものだった。

鞄はないかと、あちらこちら探していたGさんが見つけたものは、鉛筆やボールペン、手帳、ノートパソコン、そして鞄までもが地面に刺さっている姿だった。

こんな一瞬で、ここまでのことをやってのける者などこの世の物じゃないと思ったGさんは、それらを乱暴にかき集めると、一目散にホテルへ逃げ帰ったそうだ。

翌日。

再びあの路地に訪れて調べてみようなどという好奇心が湧くはずもなく、Gさんは新幹線で岩手県を後にした。

その後、出張には行くものの、一人で慣れない店に入ることだけはしないようにしているそうだ。

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