事故物件のエレベーター(岩手県北上市) | コワイハナシ47

事故物件のエレベーター(岩手県北上市)

去年のことだ。

「今度は仙台に転勤になってさ」

私の学生時代の先輩であるGさんは、非常に転勤が多い仕事をしていた。

その日も、愚痴の聞き手として私を都内の居酒屋に呼び出して、そう言い出した。

「またですか?」

そう問うと、目線をジョッキに移した先輩は、ビールを一気に飲み干して、「まぁな」と困ったような表情を浮かべた。

「ひどい時は年に四回も五回も異動だよ。もう慣れたといえば慣れたんだけど、どこ行っても人間関係の構築が面倒でな」

私も人付き合いは得意な方ではない。先輩の言うことは痛いほどよくわかるので、同情のひとつもする。しかし、何も愚痴を聞かせるだけに呼び出されたというわけではないのは、長い付き合いの中でよくわかっている。次に続く台詞は、ある程度予想がついていた。

「で、引越しの手伝いをして欲しくってね」

要は、引越しのための荷造りと、仙台についてからの荷解きを手伝えということだ。

今の引越し業者ならどちらも無料でやってくれるところがある。しかし、あまり見られたくないものが多いため、こうして後輩を呼び出して手伝わせる。

居酒屋の代金を一回奢ってもらうだけでは安いかとも思うが、交通費も出してもらえるというし、ついでに怪談の蒐集や心霊スポットに行けそうなので、その依頼を受けることにした。

北上の駅を降りて歩くと、十五分ほどで先輩が住んでいるマンションに行き着くという。

あらかじめ教えられた住所に、スマートフォンの地図アプリを頼りにして向かう。途中、郵便局や消防署、市役所などが目に入り、住むにはきっと便利な街なのだろうと、考えていた。

目的地であるマンションに着くと、そのままエレベーターで五階へと上がる。501号室が先輩の部屋だ。

インターホンを鳴らし、挨拶をして、部屋に入る。

すでに荷造りが始まっていて、先輩に倣って自分も荷造りを手伝う。

作業が粗方終わって、あとは引越し業者に引き渡すだけとなり、いつの間にか、二人ともガランとした居間にペタリと座り込み、酒盛りが始まっていた。

深夜零時を回った時。

先輩が腕時計に視線を落とすと、

「そういえば、怪談だっけ? そういうの好きなんだろ? ちょっと面白いものを見せてやるよ」と言い出した。

いったい何を見せてくれるのかと思っていると、先輩はやおら立ち上がると、そのまま玄関に向かった。私も釣られて、玄関に向かった。

二人、そのまま靴を履くとドアを開けて外に出る。すると、先輩は外階段から一階に下りるぞと、重い鉄扉を開けて、外階段を下がって行ってしまった。私は閉じそうになっている鉄扉を慌てて開けると、その後に付いて階段を降りていった。

「じゃ、これからエレベーターに乗るから」

そう言って、先輩は『←』ボタンを押した。

すぐにエレベーターが一階に下りてきて、ドアが開く。

何も言わずエレベーターに乗る先輩のあとに従って、自分も乗り込む。

行き先階ボタンで、『5』を押すと、ドアが閉まり上へとエレベーターが動き始めた。

その時、先輩は横の壁にある『車椅子用のコントロールパネル』を指差して、「見ててごらん」と言った。

『車椅子用のコントロールパネル』は何の変哲もないもので、車椅子に座ったような低い姿勢の状態からでも行き先階ボタンが押せるように、「1」〜「5」のボタンが下の段に横一列に、「6」〜「9」のボタンが上の段に横一列に並んでいた。そして、さらにその上には非常用の黄色い緊急ボタンが備え付けてあり、それを押すとエレベーターが事故か何かで止まってしまった場合でも、外の管理会社と連絡が取れるというわけだ。

なんだろう? と視線をそれに移す。

すると、三階を過ぎるあたりで、「1」〜「9」のボタンが一気に点灯したのだ。

驚いて先輩を見ると、「部屋に戻ったら説明するから」と一言だけ言って、黙り込んだ。

「あれ、なんなんですか?」

部屋に戻って来て、私がそう問いかけると先輩は半笑いで、こんなことを話し始めた。

北上に転勤になって二週間ほど経ったときのことだそうだ。

すでに激務に追われていた先輩は、毎日のように帰宅が午前零時を過ぎていた。徒歩圏内に職場があるのは有難いことだが、逆にいえば「終電が出てしまう」などという言い訳では帰れない。毎日、仕事を一通り済ませると家路に着くのが当然になっていた。

熱いシャワーを浴びて、すぐにベッドに滑り込もう。そうしないと、明日の──いや、もう『今日』だが──仕事に支障が出てしまう。

足早にマンションに入り、エレベーターに乗ろうとするが、既の所で扉が閉まってしまった。無情にも、エレベーターは上階へと昇っていってしまった。

苛立ちを抑えきれず、『←』ボタンを連打する。しかし、だからといってドアは開かないし、すぐに一階にエレベーターは来てはくれない。

扉の上にある階数表示の数字を見ると、エレベーターは最上階の九階まで行ってしまったようだ。

他の階に停まるよりも待ち時間は長くなってしまったが、それでも十数秒の違いだ。先輩は、外階段を使うよりもエレベーターを待つことにしたそうだ。

しかし、どれだけ待っても階数表示の数字の「9」が点灯したままで、エレベーターが降りてくることはなかった。

腕時計を見ると、すでに三分は経っている。

(さっき乗っていった奴がいたずらでもしているのか)

そう思った先輩は、怒りが頂点に達した。

乱暴にエレベーター横にある鉄扉を開けると、その先にある外階段を駆け上がっていった。

九階に着き、勢いよく鉄扉を開ける。一言でも文句を言ってやらないと気がすまない。

息を切らせて九階のエレベーターホールに飛び出した先輩の見たものは、上半身だけエレベーターのドアから出して倒れている男性の姿だった。その男性は、頭から血を流して、すでに絶命していたという。

慌てて携帯電話で救急車を呼ぶ。しばらくして、救急車と警察が到着すると、騒ぎを聞きつけたのか、深夜だというのに、辺りは騒然となったそうだ。

結局その後、疲労困憊だったにもかかわらず、明け方まで事情聴取に付き合わされたのだという。

「それと、さっきのボタンが全部光るのと何の関係があるんですか?」

話し終えた先輩に、そう問いかけた。

すると、先輩は半笑いの顔を無表情にして、

「あのエレベーター、出るんだよ。いや、まだ『いる』んだよ」

さらに先輩は腕組みをして、続ける。

「本当は緊急ボタンが押したかったんだ。でも、俺たちが普段使うボタンは高いところにあって、立つ事もできない男には遠すぎる。『車椅子用のコントロールパネル』の緊急ボタンを押そうとしたんだろうな。でも、それでも遠かった。壁を這い上がろうとした両手で、他の行き先階のボタンを押したんだろう」

そこで先輩は、腕組みを解いて缶にビールをひと口飲むと、

「自分が死んだことに気がついてないんじゃないかな」と言った。

結局、この事件は、エレベーターの中で心筋梗塞を起こした男が、倒れ際に壁に頭を打ち付けて、打ち所が悪かったため死亡した、という結論になったそうだ。

ただ。

「あの日、警察にも言ったんだが、八階で一度停まったように見えたんだよ。本当に事故だったのかねぇ」

そう言うと、先輩は天井を見上げた。

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