洋の東西(岩手県九戸郡) | コワイハナシ47

洋の東西(岩手県九戸郡)

「人を呪わば穴二つっていうでしょ。あれ、本当なんです」

W子さんが二十年前、九戸郡の高校に通っていたときに体験した話を聞かせてくれた。

学校帰りに寄った図書館に、文芸部での読書感想会で発表する小説を借りに来たのが始まりだった。お目当ての書架まで行こうとすると、同じ文芸部に所属するC美の姿を見かけた。慌てて別の書架の陰に隠れ、彼女が出ていくまでじっとやり過ごそうとした。

そっとC美の様子をうかがう。彼女が手にしていたのは、自分が借りたかった本であった。

また嫌がらせをされた気分になった。何もかも彼女のせいでうまくいかない──。W子さんは今までのC美とのやりとりを思い返していた。

「W子の作品って、リアリティがないよねぇ。あ、今まで一度も男の子と付き合ったことないんだっけ? じゃあ仕方ないか。あと誤字脱字が多い。〝てにをは〟もなんかおかしいし、校正するこっちの身にもなってよね」

嫌味を言われるようになってから、何度も見直すようになった。これでもう大丈夫、間違いはひとつもないと確信してから提出してみたが無駄であった。知らぬ間に原稿が書き換えられていたのだ。また、部室に私物を置いておくと、何故かなくなっていることもあった。

これらの嫌がらせをC美がやったという証拠はない。他の部員たちは気が付いていないし、自分が黙っていれば済む問題だと思い、我慢し続けていた。

それに彼女のことさえ除けば、文芸部での部活動は書くことが大好きな自分にとって、とても有意義な時間だったのである。

しかし、高校二年の夏休みが終わった直後、決定的なことが起きてしまった。

先輩からぜひ見せてほしいと言われて持ってきた大事な本が、墨汁で真っ黒に汚されてしまったのだ。亡くなった祖父から譲られた、今では絶版になっている貴重な本であった。

W子さんは部室の机に置きっぱなしにしていたことを悔やんだ。だが、それよりもC美へのどす黒い感情が、堰を切ったようにあふれ出てきた。

これもまたC美のしわざである証拠はないが、他には考えられない。

怒りで身体が震えてくる。それなのに、なぜ私はこうしてC美に見つからないように、こそこそと姿を隠しているのだろうか。おおっぴらに彼女と喧嘩をする勇気がないのだ。

いっそのことC美が消えてくれれば……。

ふと顔を上げると、書架のある本が目にとまった。

『世界の呪い大全』。これしか方法はないと、W子さんは思った。

自室でさっそく呪いの準備にとりかかる。だが、いざ呪い殺そうとすると、どうしても躊躇してしまう。怪我をさせる程度でいいのかもしれない。骨折でもすれば、C美も部活を休むに違いない。

分厚い本をめくり、比較的簡単そうな呪術を選んで実行した。

翌日、C美は松葉杖をついて登校してきた。廊下で偶然、W子さんはその様子を見かけた。

「ウソ、どうしたの足?」

心配した同級生達が、C美に駆け寄ってきた。聞き耳を立てると、自宅の階段から落ちて、右足を骨折したらしい。

「それがさ、落ちる瞬間、誰かに背中を押されたような感じがしたんだよね」

「ヤダ、マジでやめて。そういう話」

「またボーッとしてたんじゃないの? 気を付けなよ」

同級生たちが騒ぐなか、W子さんはC美の顔をまじまじと見ていた。落下したときに顔も打ったのだろう、大き目のガーゼで隠していたが、青く腫れあがった頬骨のあたりが痛々しかった。

呪いが効いた。こんなにも早く効果が現れるとは思いもよらなかった。小躍りしたいほど浮かれていたW子さんであったが、一つだけ誤算があった。

C美が部活を休まなかったのだ。そればかりか、彼女のW子さんへの嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。部活がない日でも、わざわざW子さんのクラスに顔を出し、嫌味を言ってくるようになった。怪我を負ったストレスのはけ口が、W子さんに向いてしまったのだ。

今度は腕に呪いをかけてやろう。腕と足、両方とも怪我をすれば、さすがに部活どころか学校も休むに違いない。W子さんは前回よりもさらに強い念をこめて、呪術をかけた。

その翌々日。朝から激しい雨が降っているなか、登校中のW子さんが自転車と衝突し、左腕を骨折した。家を出てすぐのことだったという。

(……何なの、これ)

豪雨で前がよく見えなかったとはいえ、呪いをかけたあと自分が事故にあった。

病院で手当てを受けながら、W子さんはいまだに怪我一つしていないC美を思い浮かべていた。

おそらく呪いが失敗したのだろう。

帰宅して読み返してみると、呪いの本には『順番を間違えたり、一つでも手順を抜かすと自分に返ってくる』と書かれていた。夢中になっていて気が付かなかったが、何か間違えたに違いない。

W子さんはまた別の方法で、慎重に呪いをかけてみた。

すると、今度は見事にC美が左腕を負傷した。しかし、術が簡単だったためか打撲しただけであった。

これぐらいの怪我では意味がない。W子さんはC美が学校に来なくなるまで呪い続けようと何度か試してみたが、うまくいった呪いと自分に返ってきた呪いがあったそうだ。

そんなある日のこと。

放課後、W子さんはC美に呼び出された。

「これからすぐ家に来て。聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと? ここじゃダメなの?」

W子さんはやんわりと拒絶したが、血相を変えて迫ってくる彼女に押され、しかたなく家へ向かった。

出迎えたのはC美の父親であった。彼女の父は、あるキリスト教の宗派の神父である。

「いろいろと申し訳ありませんでした」

父親は娘からW子さんをいじめていたことを聞き出し、謝罪してきた。

W子さんが戸惑っていると、父親はこう説明しだした。

「階段から落ちて骨折した何日かのあと、C美の背中に呪いがついていました。驚いてすぐに解呪の儀式をしましたが、誰かに恨まれていないかと娘を問いただしたのです」

すぐにC美はW子さんに嫌がらせをしていたことを打ち明けてきた。

だが、W子さんが呪いをかけている確証はない。しばらく様子を見ることにしたが、その後もなぜかC美が怪我をしたり、呪いをつけて帰ってくることもあり、一度W子さんを呼んで話を聞いてみようということになったそうだ。

父親と一緒に謝ってきたC美を見て、W子さんはすべてを告白した。すると父親は呪いの本を見せてほしいと依頼してきた。

後日、W子さんが『世界の呪い大全』を渡すと、C美の父親はパラパラとめくっては、「あぁ」とか「なるほど」とか、しきりに納得したように唸り声をあげていた。

そしてWさんがどの呪いを使ったかピタリと当てたそうだ。それらは全て、西洋のものばかりだった。

「いやぁ、東洋の呪いはキリスト教じゃよくわからないんだよね。きっと、洋の東西で理解が違うのかも知れないね」と、笑いながら話していたそうだ。

W子さんとC美は、今では大の親友だという。

取材が一通り終わり、ノートとペンを片付けていると、彼女がおもむろに話しかけてきた。

「この間、久しぶりに九戸に帰ったんです。で、また図書館に行ったんですけど、残念なことにあの例の本、もうなかったんですよねぇ。だって便利じゃないですか。嫌いな相手を一発で呪える本なんて。術を選べば、失敗しても死ぬまでいかないし」

そう微笑みながら話す彼女を見て、私はただ苦笑するしかなかった。

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