藤橋後日談 未来の死体(岩手県奥州市) | コワイハナシ47

藤橋後日談 未来の死体(岩手県奥州市)

「藤橋? あぁ、心霊スポット調べてるの?」

十七話でEさんから聞いた話の裏づけをしようと調べていたところ、ある人物と出会った。Kさんは六十代の男性だ。彼も藤橋を知っていた。

「女の霊が出るとか言われてるんでしょ? それはどうだか知らないけど、上流で自殺した人が、あの橋に流れ着くってのは知ってるよ」

眉間に少しだけ皺を寄せながらKさんが続ける。

「いつだったかなぁ。たしかに、あそこで死体を発見したことがあるよ」

それは、三年近く前のことだという。

藤橋の近くには、橋の下に降りる細い道がある。降りると川原のようになっていて、そこを散歩する人がいるのだ。

Kさんもそのとき散歩をしていた。そして、浅瀬の水草の中に死体を発見したそうだ。

関節が変な方向に曲がっていて、変色してボコボコに膨らんだ様子が溺死体のように見えた。

だが、Kさんの記憶に強烈に残ったのは、凄惨と言ってもいいその全身ではなく、顔だった。一切の感情が読み取れない、無表情だったのだ。

まるで命なんかにはまったく興味がないかのような、その顔にKさんは思わず一歩後ずさりした。事故か自殺かはわからない。だが川で死ぬとなったら、苦悶の表情でも残りそうなものだろう。当の状況や周りの環境とあまりにかけ離れたその顔が、くっきりとKさんの頭の中に焼きついた。

それから半年後のことだ。

Kさんは別の街に住んでいた。仕事の関係で引っ越したのだ。

住む街が変わっても、Kさんがあの顔を忘れることはなかった。どうなったらあんな表情の死体が出来上がるのだろう? 以来、なんとなく目が探してしまっていたという。川で見つけたあの、何もなさすぎて異様な顔を。

日課の早朝散歩でも、そうだった。歩きながら、朝の空気に感じる気持ちよさとは別に、求めているものがKさんにはあった。

ある日、道で仰向けに倒れている人がいた。人には言えないものをうっすら抱えていたのも忘れて、慌てて駆け寄る。救急車を呼んで声をかけないといけない。助かればいいけど、と考えながら顔を見たところで、Kさんは思わず悲鳴を上げた。

倒れた人が、あの死体と同じ顔をしていたからだ。他人のそら似なんてものじゃ済まない。同一人物としか思えなかった。

Kさんの脳裏に強烈なまでに焼きついたあの無表情が、まさにそこにあった。

心のどこかで探し続けていた顔だ。しかし求めていたからと言って、死体の顔にもう一度巡り合うなんてことが本当にあるのだろうか。

あまりの驚きに彼が固まっていると、後から散歩でやって来た別の人に声をかけられた。状況を説明して警察を呼ぶようにお願いしたところで、やっと時間が動き出した。

倒れていた人は、すでにこと切れていた。

第一発見者ということで、当然ながら警察からいくつかの質問をされた。Kさんが歯切れ悪く答えていると、その態度についても何かあるのかと聞かれた。Kさんは、思い切って警察官に訴えてみた。それがねえ、半年前に川で死体見つけちゃったんですけど、その死体と同じ人物に見えるんです。分かり切ってはいたことだが、取り合ってはもらえなかったそうだ。

「溺死体なら顔なんて分からなかったでしょう? トラウマになってる可能性もありますから、一度カウンセリングを受けられた方がいいかもしれませんね。出来る限り早く、忘れた方がいいですよ」

さらに半年後。

勧められたままに忘れてしまうのは癪だった。川の死体も、半年前の死体も、間違いなく同じ顔をしていた。あんなに強烈に感じたものが、気のせいのはずないじゃないか。Kさんはまだ、日常の中であの顔を求め続けていたのだ。

そんな中、仕事で訪問した取引先の外階段で、本当に再び死体を発見してしまった。

出くわしたのは踊り場で、まったくの偶然だった。階段を上がったら倒れていたのだ。慣れてしまったのか、発見した瞬間にもうこと切れていると直感できた。だからKさんは冷静に、まず顔を確認した。

その死体も、あの時と同じ無表情の死体と同一人物に見えた。安心したような、物足りないような気持ちがする。とりあえず、顔についてはもう証言しないことにしたそうだ。また精神状態を疑われるのは嫌だ。ただ、疑われるのは嫌だが、正直に言えば自分でももう正常と言い切る自信はないな、とKさんは思った。

それから少し時が経った去年の暮れのことだ。

居酒屋で飲んでいたKさんは、そこでまた死体に遭遇する。トイレから転ぶように出てきた男がそのままこと切れた。その人も、あの三年前の死体と同じ顔をしていたのだ。

四体の同じ顔を持つ死体と遭遇し続け、Kさんはふと思いついた。自分で調べてみればいいだけじゃないか。日々の中であの顔を求め続けながら感じていた、頭の隅がぼやけるような感覚が、その瞬間に霧散したようだった。もし本当だったら、気のせいじゃなかったことが分かる。気のせいだったら、あれが本当は誰の顔だったのか──もしくは誰の顔でもなかったのか──が分かる。Kさんにとって悪いことはないように思えた。

果たして、あの顔を持っていたのは一人だけであった。

Kさんは四人の記事が載っている地方新聞を探し当てた。どれも小さな記事だったが、顔写真も載っていたため確認が出来たのだ。四体目、居酒屋で遭遇した男性が、あの顔の持ち主だった。ほかは三人ともまったくの別人だった。どうしてあの顔に見えたのか分からないくらいに。特に三体目の人などは、骨格からして似ても似つかぬ様子だった。

Kさんは図書館を出た足でそのまま、昔住んでいたあの場所へと向かった。

昼間の藤橋は穏やかだったという。そよ風は肌に痛いくらい冷たかったが、それがむしろ心強かった。自分の感覚が何ともなっていないことを保証してくれる。

怪談だか女の霊だか知らないが、確かにこの橋には何かがあるのかもしれないとKさんは思った。

(もしかしたら、その女ってのも橋のせいでどうにかなっちまったのかねえ)

まるでその考えを肯定するように風が吹いてきて背中を押すので、促されるまま橋から去ることにした。

それから、発見当時に警察から聞いた住所へ訪れたそうだ。すると、家族らしき男性が出てきた。当時死体を発見した者だが丁度近くに来たので、と線香をあげにきた旨を告げると、家にあがらせてくれたそうだ。

仏壇に向かうとそこには、やはり馴染みのない男の遺影があるだけだったという。あの橋の下、川で見たのは、Kさんの脳裏に焼き付いていた男性ではなかったのだ。手を合わせると、Kさんはその町を後にした。

「未来に出くわす死体だったのかねぇ?」

最初に見たのはさ、とKさんは苦笑する。不思議なことに、それ以来死体とは遭遇しなくなったという。

取材内容をまとめていて、私は思う。もしそれが四体目でなくもっと未来だったら、Kさんはどうなっていたのだろうか。もしKさんが気づかないままだったら、どうなっていたのだろうか。Kさんが同じ顔を見続けた未来、更に強くその表情を求めるようになってしまっていたら?

今回まさかの後日談となったわけだが、この話を聞いて私は、怪異の生む可能性について考えずにはいられない。

シェアする

フォローする