旧防空壕(宮城県桃生郡) | コワイハナシ47

旧防空壕(宮城県桃生郡)

W君という、知り合いの青年がいる。

実家は宮城県の桃生郡。彼が言うには裏山もW家の所持する土地で、管理をしているのは祖父だそうだ。

「で、これはその祖父から聞いた話なんですけどね」

W君は語りだす。

遡ること、二十年ほど前の夏のことだった。

Y君というひとりの大学生が、祖父のもとを訪ねて来た。裏山にある防空壕を撮影したいのだという。どこで聞きつけたのか、「出る」と噂なのだと。

その噂に間違いはなかった。祖父も「見た」ことはあったからだ。当時からすでに裏山の管理は祖父の仕事のひとつだったため、防空壕にも入ることがあった。その中で、たびたび目撃していたのだという。防空頭巾をかぶった少女だ、おそらくは霊なのだろう。

祖父にはY君にまでつながるような縁の覚えはなかったが、家族にでも話したことがそのうちの誰かから世間に伝わっていったのかもしれなかった。いつしか話はまわりまわって、このY君の耳に入ったというわけだ。

聞けば、彼は超常現象研究会というサークルを部長として運営しているのだという。今回は活動の一環として、「出る」場所を撮影するために許可をもらいに来たのだ。

彼の熱意に負けてしまった祖父は、二つの条件で許可を出した。ひとつ、危険なことはしないこと。ふたつ、危ないと思ったらすぐ撮影を中止して報告をすること。

ここから先は、後になって例のサークルの副部長から祖父が聞いた話となる。

無事撮影の許可をとりつけたY君は、早速サークルメンバーに招集をかけると、機材を防空壕の中へと運び込んだ。

入り口で最初に記録として数枚の写真を撮って、あたりを見回す。

その日は気持ちのいい快晴だったが、防空壕の奥までは陽の光が届いていないようだった。

ポカンと大きく開いた入り口は、見ている者に無邪気という印象を与えるほどあっけらかんと奥の暗がりをのぞかせている。その様子が今にもメンバーの誰かを飲み込んでしまいそうで、メンバーたちは、みな入るのを一瞬だが躊躇った。

中に入ってみれば、換気は二の次で作られたのだろう、湿り澱んだ空気が肌に纏わり付いてくる。

夏の暑さに汗ばんでいるのと相俟あいまって、なお一層の不快感を抱かせた。

「これは期待できる」

Y君はにやりと笑って、そうつぶやいたそうだ。

すぐに光の届かなくなった暗がりを、それぞれが持参した懐中電灯を頼りに、足元に気を付けながら進んで行く。

ある程度奥まで入り込んだところで、撮影の準備が始まった。

メンバーは各自、定点カメラを設置したり、録音機材を調整したりと忙しく動いていた。

二十四時間、音と映像を記録しようというわけだ。

そして、その現象は起きた。

音だ。しばらく機材の設置に集中していたサークルメンバーたちの耳に、音が聞こえてきたのだ。

暗く湿った空気から直接肌に伝わってくるような、それは男性の声だった。低い低い呻き声だ。驚いて誰もが一斉に顔を上げる。

次の瞬間には、お互いの顔を見合わせて、(聞こえたよな?)というアイコンタクトを交わしていた。

いよいよ「出」たか。

「誰? 呼んだの」

しかし、次に響いたのは全く様子の違う声だった。Y君だ。

ただひとり顔を上げて、全員が彼の顔に注目する中、メンバーを見渡しながら問いかける。

「今誰か呼んだでしょ? 『ちょっとこっちに来て』って」

「いやいや、誰も呼んでませんよ。それよりも、今、呻き声が聞こえましたよね? はっきりと、男の声が」

と誰かがY君に聞き返す。しかし、怪訝そうな表情が返されただけだった。

「そんな声しなかったよ。誰かに呼ばれたから、そっちを向いたんだけど……」

Y君も説明しながら気味悪くなってきたのか、だんだんと声が小さくなっていく。

同じ場所にいるのに、全く違う現象を体験している。それがどういうことなのかはわからない。ただ、たった今この場所で、何かが起きたということだけは間違いなかった。

早く作業を終えて帰りたい。一同はそう思いながら作業を急いだ。

しばらくして機材の設置を終えると、その日はそのまま解散となったのだ。

翌日の夕方になって、設置した機材を回収しようと、サークルのメンバーたちは集まった。だが、Y君だけが来ない。

いくら待っても来る気配がない。安否を確認する携帯メールにも返信はなかった。

前日のことも考えると作業で遅くなるのは得策ではない、という副部長の判断で、先に防空壕に入ることになった。

副部長を先頭に再び防空壕に入る。

彼の懐中電灯が照らした先には、集合場所には来なかったY君がいた。

灯りもなくどうやってそこまでたどり着いたのか。真っ暗な防空壕の中、一人笑いながら楽しげに「おままごと」をしていたそうだ。

「ふーん、そうなんだ」

「じゃあね、じゃあね、次は僕の番ね」

Y君のひとりごとが、防空壕の壁で反響する。

悲鳴を上げる者、目を見開いたまま固まる者、踵を返し逃げ出す者。メンバーの反応は様々だった。

混乱の中、副部長はゴクリと生唾を飲むと、Y君に話しかける。

「あの……、Y君? 何してるんですか、こんなところで?」

「うん! この娘と遊んでたの!」

Y君は真っ暗な空間を指差すと、満面の笑みで答えた。

その声と表情は、まるで幼児のようだったという。

それからすぐ、ただ事ではないと感じたメンバーたちによって、Y君は強制的に家に戻された。これ以上何かあってはいけないと、その件については研究も中止ということになった。

しかし、その後もY君の様子はいっこうに戻らなかった。時折、「呼ばれてるから行かなきゃ」と言い出しては防空壕へ向かおうとするので、そのたびに誰かが引き止めていたらしい。

それはY君の卒業まで続いたのだとか。

卒業して、引き止めるものがいなくなったY君がどうなったかは、今はもう誰にも分からないそうだ。

シェアする

フォローする