電車(岩手県 東北本線) | コワイハナシ47

電車(岩手県 東北本線)

Nさんという方が、体験された話。

当時のNさんは仕事にも慣れて上司からそれなりに評価をされ始めた頃で、会社からもより責任の重い仕事を任されるようになっていた。

長時間の残業で深夜に帰宅、ということは無かったが、それまでよりもプレッシャーがかかる立場になり、精神的にクタクタになることばかりだった。

毎日のように電車で通勤していたが、会社の最寄り駅が盛岡駅の隣だったため、帰りに限っては比較的空いているうちに電車に乗れるのが有難かった。

その日も空席に座り、腰を落ち着けてスマートフォンの目覚ましをセットした。

短い時間ではあるものの、何度か眠り込んで、目的地を通り過ぎてしまったことがあるからだ。

バイブレーションに設定されていることを確認してから内ポケットに入れると、それからは流れる車窓をぼんやりと眺めていた。

いつもの通り二駅目でパラパラと乗客が乗り込んで来たために、座る席がなくなっていった辺りまでは覚えている。

うとうとしていたらしく、頭がガクリと前に倒れる感覚で目を覚ました。

周りの人に寝顔を見られたかな、という気恥ずかしさもあって、なんとなく俯いたまま顔を両手でこすって誤魔化そうとした。

ぼんやりとした頭で、あとどれくらいで着くだろうと考えながら、二度三度と顔をこすってから、ふと気がついた。

指の隙間からは、車内を埋める乗客たちの足元が見えている。

人と人の隙間を別の人が埋めている。

いつものことだ。

だが指の向こうに見える乗客たちの足元、その全ての靴が同じ方向を向いていた。

Nさんの方を向いている。

なぜだかNさんは注目されていた。

怪訝に思って両手を下ろし、ズボンに涎でも垂らしたのかとそれとなく生地を引っ張ってみたが、そんな跡はない。

無意識に顔を上げようとして、そこで凍りついた。

視界の左右を埋める乗客たち、全員が自分を見ているようなのだ。

向かいの座席は正面に立っている人で見えなかったが、両隣の乗客さえ身をよじって私を見ているようだった。

車内の乗客全てが自分を注視しているらしい。

それでいて誰も、一言も発しないのだ。

異常な空気に包まれて、Nさんは中途半端な姿勢で固まったまま身動きできなくなってしまった。

鼓動が激しくなると共に脂汗が出てくるのを感じる。

(なんだろう? どうしよう?)と思うばかりで、時間だけが過ぎていった。

突然車内アナウンスが流れて、びくっと体を震わせた。

次の停車駅を告げている。

──目的地だ。

途中にある複数の駅で停車した記憶はなかったが、早くここから逃げ出したいという一心でそれどころではなかった。

緩やかにブレーキがかかり、少し体が揺れる。

乗客たちも一緒に揺れたが、全員がNさんを見つめたままだ。

やがてホームに入ったらしく、電車は止まった。

一瞬の間を置いて対面のドアが開く音がしたので、Nさんは弾かれたように立ち上がって、外に出ようとした。

根拠もなく、もしかして乗客たちに取り押さえられるんじゃないかと身構えたが、そんなことはなかった。

誰も身動きしなかったので、彼らを夢中で押しのけてドアを目指した。

その時、小柄な女性に必要以上に強くぶつかってしまい、反射的に掠れた声ですみませんと謝った。

その時、思わず彼女の顔を見てしまった。

彼女はNさんを見てはいなかった。

引き攣った顔で、瞬きもしていなかった。

彼女はNさんではなく、彼が座っていた座席の方を見ていた。

乗客全員が同じように引き攣った顔で見ていたのは、Nさんではなかった。

Nさんの座っていた座席の後ろ、Nさんがずっと背を向けていた窓の外を見ていたのだ。

そのまま電車から飛び出て、振り返らずに家まで走った。

もうあの路線に乗る気は起きなかった。

その後、彼は自動車通勤に切り替えたそうだ。

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