立候補(岩手県奥州市) | コワイハナシ47

立候補(岩手県奥州市)

これは、Eさんが高校生の時分に体験した話だ。

Eさんは、二十歳の男性である。彼は高校生のとき、みんなが嫌がることを率先して引き受けていたそうだ。

「ええ、それはもう熱心に。クラスの掃除をひとりでするとか、飼育していた動物の死骸を埋めるとか、そういう大抵の人が避けたがることを、自分からやるようにしてたんです。内申点を気にしてっていうのもあるんですけど、それが僕にとっては人気者になる近道だったっていうか」

そうした下心はさて置き、とにかくEさんはそのおかげでクラスの中心人物でいられたそうだ。

高校三年生の夏休み前のことだった。

クラスにひとり、ある場所で幽霊を見たという者が出た。

深夜、親の車に乗せてもらっていたら、窓から女性の幽霊を見たというのだ。女性は半透明で、向こうの景色が透けて見えたのだと。

その話を聞いたクラスは一気に騒然となって、当然のように誰か撮影してこいよということになる。そうなるといつもの流れだ。Eさんは自分から名乗り出た。

その夜。

さっそくEさんは藤橋に来ていた。クラスメートが女の幽霊を見たという場所だ。

ネットで調べてみたら、どうやらその幽霊というのは親子らしい。この橋から投身自殺をした母親と、その子供のことであった。

ただどれだけ調べても、子供の霊と出くわしたという話にはたどりつけなかった。どの目撃談も母親についての記述だけだったのだ。

Eさんは自分のスマホを構えて録画を開始すると、クラスメートが幽霊を見たという橋の真ん中を目指して歩きだした。

夜だけあってあたりは暗く、五十メートル間隔に並ぶオレンジ色の外灯は、この場面では心もとなかった。いつ幽霊が出てもおかしくない、そう思わせる雰囲気がこの場所にはあった。

しばらく歩くと、件の橋の中央にたどり着く。ちょうど川の真上なのだろう、橋を渡り始める前よりも水の流れる音が大きくなっていた。

外灯の光が届く範囲は広くない。すぐ目の前には漆黒が広がっていた。

Eさんは橋の下をのぞき込み、(ここから親子が落ちたのかな?)と考える。

下の河原には小道があったが、もう長い間誰も通っていないのか、雑草が生え放題であった。水の音しか聞こえてこない。自分が怖がっているだけで、何もないただの橋なんだろうという気がしてきた。スマホを川に落とす方が今は怖い。

(まぁ、このまま何も出ないんだろう)と顔を上げると、十メートルほど先に一人の女性が立っていた。こちらを見ている。

次の瞬間。

Eさんは、スマホで撮影していることなど完全に忘れて、全力で駆け出していたそうだ。

しかし、数秒走ったところで、ひとつ気になった。

それは、『もし、生きている女性だったとしたら』ということだ。

深夜とは言え、まったく有り得ないことではない。むしろ冷静に考えれば、その方が確率は高いだろう。もし自殺志願者だったらどうする? そんなことが頭を過った。

Eさんは意を決すると、もう一度走ってその場に戻った。

「あの……、こんな時間にこんな場所で、どうかしたんですか?」と声をかけると、その女性は、

「いえ、子供にお土産を買ったんですけど、落としてしまって……」と困っているようだった。

良かった、普通の生きている人間だ。

そう思ったEさんは、もう一度橋の下を覗きこんだ。女性も隣で下を見ている。

しかし、そこには川の水が流れているだけだった。しかも真っ暗闇で、スマホも外灯も明かりが川まで届かない。

夜空をそのまま注いだような、黒い水面がかろうじて見えるばかりだった。

(これはダメだな)と思い、Eさんは顔を上げた。

それと同時に、

「ねぇ、何見てるの?」と、自分の腰のあたりから子供の甲高い声がした。

びっくりして声が聞こえた方を向くと、そこには、満面の笑みでEさんに問いかける子どもがいる。さっきまでどこにも子どもなんていなかったのに。

「親子の幽霊」という情報が頭の中を駆け巡る。反射的に走りだして、もう足を止めることはなかった。一度も振り返らず、その場をあとにしたそうだ。

後日Eさんが動画を見返してみると、ただただノイズが流れるばかりで、何も撮れていなかったという。

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