事務所待機(岩手県宮古市) | コワイハナシ47

事務所待機(岩手県宮古市)

宮古市を東西に蛇行しながら流れる閉伊川は、二級河川だそうだ。

宮古湾に注ぐ下流域になると、河川敷は幅広の閉伊川と同等の広さがあり、周辺には公共施設や工場が建ち、国道106号線が並走する。

そうした中、河川敷にプレハブのような土木事務所が建つことが稀にあった。

Iさんの職場は二交代制で夜勤があった。と言っても、同僚は六名しかいない。小規模の事務所としては、珍しい勤務体系だったそうだ。

夜勤は基本的に一人で対応する。その目的は、顧客からの依頼で現場に行ったり、書類を届けたりすることだった。

しかし、そのような依頼はごくごく稀で、ほとんどは朝まで寝て事務所待機するというのが夜勤の日常であった。

ある夏の夜の事。

その日、Iさんは夜勤の当番だった。

いつものようにコンビニで夜食を買い込んで、事務所に出勤したのは十九時を過ぎた頃だった。

何事も無いと思っていたのだが、零時過ぎに顧客からの電話でたたき起こされた。夜食を済ませて良い気分で寝ていたIさんは不機嫌になりながらも、顧客から依頼された書類を指定された現場へ届けた。

事務所に戻ってきて、時計を見ると二時を少し回ったところだった。

夜にしては蒸し暑い。

それまでの激務の疲れもあって、もう一度睡眠を取ろうと、事務所の簡易ベッドに潜り込んだ。

三十分くらい眠っていたであろうか。

ザッ……、ザッ……。

靴音が外から聞こえてきた。

まだ、カーナビが無い時代の話である。事務所の隣の部屋──普段は給湯室として使っている──は、電灯をつけたままになっていて、深夜でも人が道を尋ねに来たりもする。

事務所は平屋で一階しかない。Iさんの居る窓際に置かれた簡易ベッドから上半身を起こすだけで、窓から外を見渡すことができたそうだ。

Iさんは、起き上がるとカーテンを少しだけ捲り、誰が来たのかと確認しようとした。

しかし、そこに人影は無かった。

窓を開けて、足音を聞こうともしたが、蛙の鳴き声くらいしか聞こえなかったという。

気のせいだろう、ということにしてIさんは再び眠りについた。

どのくらい時間が過ぎただろうか。

突然の耳鳴りで目が覚めたときには、すでに金縛りに遭っていて、身体はまったく動かなかったそうだ。

驚いて目を開けると、事務所の入り口あたりに、人の気配を感じた。

顔をそちらに向けて、いったい誰が居るのかと確認したいのだが、そもそも身体がまったく動かない。

霊感のようなものは自分に無いと思っていたIさんだったが、このときの金縛りは疲労から来るものではないという確信があった。

一瞬。

本当に一瞬だけ、Iさんは何の前触れもなく気絶したそうだ。

意識を取り戻したIさんは、身体に自由が戻っていることに気がついた。

夢か、あるいは、あるいは疲れていたのだろうと自分に言い聞かせたのだが、なんとなく嫌な気配が残っていたので、それからは眠らずに同僚が出勤してくるのを待っていた。

朝になって出勤してきた同僚に、昨晩の話をすると、

「お前も?」

と言って、自分も同じような体験をしたと言い出した。

あとから出勤してきた同僚全員が、同じ体験をしていたことがわかった。

ただ、その中のひとりは他の同僚たちと少し違った体験をしていた。

それは、一週間前のことだという。

その同僚は、Iさんと同じように、外からの靴音を聞いたあと、警戒して眠らずに簡易ベッドの上に座っていた。

すると、入り口から気配を感じたので、そちらに視線を向けると一人の子どもが立っているのを見たのだそうだ。

次の瞬間。

「お前らは絶対に許さない!」

と叫ぶと、すうっと消えてしまったのだという。

Iさん含め、同僚たちはそれがどんな意味かわからないそうだ。

ただ。

金縛りに遭ったとき、あの子供が居たんじゃないか。

あの気絶した瞬間、何かをされてしまったのではないかと思うと、もうこの職場で夜勤を担当する気にはなれなかった。

Iさんは今、求職中だそうだ。

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