必ず出る部屋(大阪市) | コワイハナシ47

必ず出る部屋(大阪市)

「私、不動産屋で働いてるんですけど、大阪のワンルームマンションなんかは結構いてはるところがようけ(たくさん)あるんですよね」

「いてはる」とは「いらっしゃる」という意味の関西弁である。では何がいらっしゃるのかというと、もちろん「幽霊」である。

大阪市内のとあるワンルームマンションに必ず出る部屋がある。立地も悪くなく、家賃も相場の半分に下げてあるので、入居希望者は後を絶たないが、入っても長続きはしない。入居者は全員必ず「幽霊が出る」と言って解約していく。どんな幽霊が出るのかというと、入居者が口を揃えて言うには、若い女であるという。出る場所も決まっていて、その女は押入れの中から出てくるらしい。

何度かお祓いもしているのだが、効果はない。

あまりにも次々と入居者が変わるので、その部屋のオーナーから頼まれて、脇山さんの同僚が二度ほどその部屋に泊まってみたこともあるそうである。だが、その時は何も起きなかった。

しかし、やはり次に人が入ると幽霊が出たと言われる。入居者から直接会社に電話が掛かってきて「今、横に女がいるんで、すぐに来てください。早く何とかしてください」などと言われたことも一度や二度ではない。

「そんな状態なんでね、家賃を下げるだけじゃなくて、お客さんにははっきりと『ここ幽霊出ますよ』って言うようにしてるんです。そうやって納得してくれた人にだけ入ってもらってるんです」

少し前の話になるのだが、橋野さんという若い男性がこの部屋に入居を希望した。幽霊のことも全て話したが、幽霊よりも家賃が安い方がいいと言って、入居を決められた。

入居から一ひと月つきばかり経った頃。橋野さんがふらりと脇山さんの会社に訪ねてこられた。

「すみません、やっぱり出ました」

詳しく聞いてみると、こんな話をされたという。

荷物の片付けも終わり、漸く落ち着いたある夜。仕事から帰って夕食を食べていると、押入れの引き戸が僅かに開いていることに気が付いた。よく見ると、中から誰かが覗いている。一瞬どきりとしたが、契約の時の話を思い出し、ああこれが件くだんの幽霊かと、大して気にせずに放っておいた。

それからも毎晩押入れを見ると、中から片方の目が覗いている。しかも日増しに引き戸の開き具合は増していく。ついにはいつの間にか開いているのではなく、彼の見ている前で開くようになった。それに伴い、少しずつ中の人物の顔が露わになってきた。

「やっぱり若い女やって言うんですよ。すっごい陰気な顔してて気持ち悪いらしいんですけど、まあそれくらいは気にしないからって言わはるんです」

ところが二日前の夜、いつものようにテレビを見ながら夕飯を食べていると、押入れがまたすうっと開いた。その頃にはもう慣れており、知らぬ顔を決め込んでいたらしいのだが、戸が完全に開き切ると、中から女がもそもそと這い出してきたのである。これには橋野さんもさすがに肝を潰したらしい。女は押入れから出てくると立ち上がり、テレビの横に立ったというのだ。

「それ以上のことは何もしなかったみたいなんですが、その次の夜も同じようにテレビの横に立たれたらしくて。そんなところに立たれたら、落ち着いてテレビも見られへんやないですか。それでね、ほんまに大丈夫なんかと、なんかこれから直接危害を加えてくるようなことはないのかと聞きに来はったんです」

そうは言われても、こちらも専門家ではないので、何とも言えない。その時は、これまで入居された方で直接何かされたという人はいませんでしたとだけ伝えた。すると橋野さんは「そうですか、分かりました」と一応は納得してくれたという。

それからまた一か月ほど経った頃。橋野さんが来られた。

「すみません、やっぱりほんまに大丈夫なんですか?」

そう言われて、何かありましたかと聞き返すと、彼はまたこんなことを話し始めた。

あれからも、会社から帰宅すると、女は押入れから這い出てきては部屋の隅に立った。薄気味悪かったが、放っておくといつの間にか消えているので、気にしないことにしていた。

嫌だったのが休日である。一日中家でのんびりしていると、押入れから出てきて部屋の隅にじっと立つ。それが日に何度もあるというのだ。押入れから出てきて部屋の隅に立ち、消えたなと思ってまたしばらくすると、押入れが開いて中から出てくる、消えたと思ったらまた押入れが開いて……。一日に陰気な女が目の前で押入れから何度も出てくるのを見せられるのは、あまり気分の良いものではない。

一度など、トイレに行って戻ってくると、すでに部屋の隅に立って彼の方をじっと見ていたということもあったらしい。

「怖いというより気が滅入るって言うてはりましてね、ほとんど苦情なんですよ。そんで極め付けがね……」

橋野さんが風呂でシャワーを浴びているとふと背後に気配を感じた。振り向くと、あの女が彼のすぐ後ろに立っていた。

驚いた橋野さんが「お前、何やねん!出ていけ!」と怒ど鳴なると、女の姿は一瞬で消えたという。

「で、ほんまに何か危害を加えてはこないのかと念を押さはるんですよ。こっちも困りましてね」

日増しにエスカレートする女の行動に橋野さんは不安になったのだろう。だが、それに対して打つべき策も思い至らない。

「前にも言いました通り、これまで入られた方で何かされたと言う人は一人もいませんでしたので、これからもまあ大丈夫やと思います。気持ち悪いかもしれませんが、その分家賃は大幅に安くさせて貰ってるんで……」

それくらいしか言いようがない。橋野さんにしても幽霊の件は初めから聞いていた手前、あまり文句は言えなかったのだろう。それで納得して帰られたそうである。

それからまた二か月ほど経った頃、橋野さんが来られた。

「すみませんけど、解約したいんですが」

ああついに来たかといった感じだ。

「やっぱり幽霊ですかね?」

脇山さんがそう聞くと、橋野さんはこんな話をした。

彼には彼女がいる。引っ越しを聞いて、一度遊びに行くからとずっと言っていたのだが、それまではお互いの予定が合わず、先送りにされていた。

それがある時、やっと二人の都合が付き、彼女がお宅拝見とばかりにやって来たのだ。

彼女が部屋に入ってくると同時に、それまで部屋の片隅で突っ立っていたあの女の姿が消えた。押入れを見ると、戸を僅かに開けて、こちらの様子を伺うように片方の目だけで覗いている。その頃には、彼がいても平気で部屋の中を歩き回るほど大胆になっていたというのに、やはり知らない人が来たら幽霊も警戒するのだろうか。

その日はそれで終わった。その後も彼女が部屋に来る度に、女は姿を現わさないか、或いは押入れの戸の隙間から覗くぐらいになった。

同時に部屋では奇妙なことが起きるようになった。テレビが勝手に消えたり、部屋の電気が明滅したり、また天井のあちこちから木の枝を折るような音も頻繁に聞こえるようになった。それらの現象は、彼女が来ている時にだけ起こった。

彼女が泊まったことも二度あったのだが、その時は二度とも、彼女は真夜中に金縛りに遭い、目が覚めるとトイレの扉が開く音や、床を誰かが踏み鳴らす音を聞いたという。

ここが出る部屋だとは言っていない。どう説明したら良いか分からなかったので、言い出せないままになっていた。しかしここまでいろいろなことが起きると彼女も怯えだす。この部屋、何かおかしいんじゃないかと、そんなことを言い出した。

そうなってしまうと尚更言い出せなくなってしまう。

そんなある夜、彼女が作った夕食を二人で食べていると、テーブルに置いてあるフォークが飛んで、彼女の顔に当たりそうになった。彼女が顔を背けたので、当たることはなかったが、それは明らかに彼女を狙ったものだった。

彼女は完全に怯えきってしまい、また橋野さん自身もこれまで我慢していたところもあり、部屋を出ることを決めたのである。

「やっぱり手え出してきたやんって、半ばクレームみたいな感じで言うてきはったんですけど、まあそれ以上どうするみたいな話にはならなかったんで良かったんですが」

こうして橋野さんは退去した。その後も別の人がそこに住んだが、やはり長続きはしなかったそうだ。

その後、補修もしてまた賃貸物件として出ているが、現在は誰も住む者はいない。

「でもあの部屋で直接何かされたって聞いたのはその一回だけなんですよ。なんかその幽霊、その男の人のことが好きやったんじゃないかって思うんですけど]

実際そうなのかもしれない。それを思うと少し幽霊が気の毒になってしまう。

私は脇山さんに、その部屋で過去に人死などがあったのか聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

「過去のことは分からないんですよ。オーナーさんにも聞いてみたこともあるんですが、オーナーさんもころころ変わってるし、今のオーナーさんも説明とかは何も受けてないらしくって、分かる範囲では何かあったとかそういうことは一切ないんですよね」

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