アメリカン ヒーロー(長野県) | コワイハナシ47

アメリカン ヒーロー(長野県)

長沼さんは夫の転勤を機に、長野から東京に移ってきた女性である。

聞くと彼女は以前、地元でとても奇妙な体験をしたのだという。

ある晩のこと、長沼さんは帰宅の途中で側溝に落ち、出られなくなってしまった。

「ぼんやり歩いていたのが悪かったんだけど……幅が一メートルくらいあるコンクリの溝でね。元は用水路だったみたいで、深さが私の背丈ぐらいあったかしら。幸い怪我はしなかったんだけど、滅多に人が通らない農道だから助けも呼べなくて」

携帯がまだ普及していない時代である。

彼女は途方に暮れながら、側溝から抜けだせないかと足掻いたという。

すると何者かが、いきなり彼女の腕を掴み、そのまま引き上げてくれた。

それは見上げるほどに背の高い人で、月明かりに筋肉質な身体のラインがはっきりと見て取れたという。と言うのも、その人物は臙えん脂じ色の下地にモスグリーンの模様が描かれた、珍妙な全身タイツを纏まとっていたからである。

「お礼を言おうとして、ぎょっとしたの。だってその人、仮面って言うか、アメコミのヒーローっぽいマスクを被っていたのよ……でもね、多分その人って」

はっきりとはわからないが、何となく女性ではないかと感じたらしい。

それも、中年の女性のように思えた。

驚いた長沼さんが呆然と見詰める中、その人物は颯さっ爽そうと夜の暗闇へ駆けていった。

終始、一言も言葉を発さなかったという。

「翌日、村会でその話をしたら、同じ体験をした人が結構いたのね。ただ、それって女性に限られていて、男性でそのヒーローを見た人はいなかったわ」

助けられたと言う女性は、若い娘からお婆さんまで、年齢も様々だった。

中には自転車ごと落ちて、自転車と一緒に引き上げて貰った女児もいたらしい。

皆は決まって、「あのヒーローは中年女性だった」と証言をした。

「でも、助けて貰って何だけど、正直、私はちょっと気味悪いのね。だって、側溝に落ちる人なんて年に何人もいないのよ。なのに、人が落ちたときだけ、助けに来るヒーローって変じゃない?まさか、一年中暗闇で待機している訳でもないだろうし」

地元ではヒーローの正体を探る動きもあったようだが、無駄足に終わったらしい。

元々が狭い村内に、見上げるほど背の高い人など、ひとりも居なかったのである。

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